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実は利益になる、六つのパラメーターのこと
ら人に分け与えること、および、自ら「いらんこと」はしないこと。
努力すること、同時に、忍耐すること。
「これをする」と定めること、そのとき、何かが「見えてくる」ということ。
この六つのパラメーター[分け与える、いらんことしない、努力、忍耐、「これ」と定める、見えてくる]は、思いがけずそれ自体が自分の利益になる、このことはありふれていながら、実は正しく語られていない。

たとえば近所の婆さんが、不機嫌そうな顔をしているが、「放置されている庭の草むしりをしてやろうか」ということにする。
このとき、自らの労働力を分け与えることになるし、「婆さん、不機嫌そうな顔やめなよ」と言いたくなるが、それもやめておけば、「いらんことをしない」ということになる。
草むしりを、やるからにはさっさとやる、手際よくダレずに、かつ景気よくやる、そういう努力をする、炎天下に腰を痛めるかもしれないが、それなりに忍耐する。
いつも不機嫌そうな近所の婆さんのところで、何やってんだという気がしてくるかもしれないが、「何言うとんねん、草むしりするだけじゃ」と定めてそれをやりぬく……すると、なぜかはわからないが、この世界のいろんなことが「見えてくる」のだ、五つのパラメーターの上昇が最後のパラメーター上昇に勝手に寄与すると捉えていい、なぜかそういうことになるので、婆さんが珍しく礼を言っても「礼とかいりませんよ」ということになる、なぜならすべては自分の利益になるからだ。

婆さんの庭はきれいになるが、利益というのは婆さんの庭がきれいになることを言うのではない。

まったく誤解されているが、「利益を分け与える」のではなくて、「分け与える」ということが即利益なのだ、「いらんことをしない」も利益だし、努力も利益、忍耐も利益、たとえ努力が実らなくても利益、「このプレステのゲームをクリアする」と定めたら、その定めたということ自体が利益になるし、この世界のことが「見えてくる」なら、それはそのままわかりやすい利益になるだろう。
そういえば、僕がこうした記事をえんえん書き続けているのもそうだ、僕から分け与え、いらんことをなるべく書かず、努力して忍耐して、とにかくこうやって「書く」ということを定めているのだが、そのこと自体が利益になる、この世界のことが見えてくるのはさらに最大の利益になるだろう、だから当然、僕はこのことで誰かに礼を言われたいと思ったこともないし、そんな発想を持ったこともない(ただしお礼のセクシー自撮り付きメールが来てもうれしくないとは一言も云っていないので念のためよろしく)。
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