☆いい女☆で行こう!

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「定める」ということ

「わたし、男の人を愛します」と定めてみよう。
その定めたものは、何日もつか……いやそれどころか、何時間もつか、いやいや、何分間、それどころか数十秒間しかもたないかもしれない。
それは、意志が弱いからではなく、「定める」ということを誤解しているからだ、定めるというのは「自分の内に」定めるものじゃない、まずそれを誤解している。
「定める」というのは、外側にある何かの「対象」に向けて「定める」のだ、たとえば部屋の中からでも、駅前で売っているコロッケ屋に「定める」、「定」を向ける、自分のすべてを捨てて駅前のコロッケ屋だけで自己のすべてを満たすのだ、自己のすべてをコロッケ屋に明け渡す感じ……これだけですでに、ちょっとコロッケを買ってきて食べたくなるはずだ。

「対象」に向けて、ビターーーーッと定める、「自分」を消して「対象」に満ちる、それが「定める」ということだ、自分の内に定めるものではまったくない、そんなことしても「わたし」が膨張破裂するだけだ/これは単純に、「何やってんの」というぐらい、根本的な方法の間違いだ、即刻修正されていい。
目の前に一冊の本を置いて、それを「読破するぞ!」と自分の内に定めるとかいう間違いをせずに、その本を「対象」にして、ビターーーーッと「定める」、「わたし」を消して目の前の本に明け渡す、そうしたらその本が「見えてくる」ので、読破するというのはそのあとだ、そのあとは読みながらもその本を「対象」として定めることを怠ってはいけない、怠ると余計に疲れるぞ。
「わたし、男の人を愛します」と定めたとして、それを自分の胸のうちにジュンジュン熱くしていてもしょうがないのだ、そんなものは数分もすれば冷めてしまうから(それがすぐに冷めてしまうということは、誰だってこころあたりがあるだろう)。
「定める」ということを誤解していると、すぐに冷めてしまうものだから、意志を継続させるために、強引な自己洗脳や催眠、自己暗示、自己陶酔、いわゆる「モチベーション」をやらねばならなくなる、そうじゃない、「自分」なんてものは五分後には違う気分になっているものだ、だから自分なんかアテにせず、「対象」に向けて「定める」という方法を用いる/「わたし」がガンバらなきゃいけないようでは、それは何も定まっておらず、自分で自分にムチを打っているだけだ、どんどん損傷が蓄積してしまう。

「対象」に定めれば「無我夢中」になれるが、「自分」にねじ込めば「自我熱中」にしかならない。

「夢中」と「熱中」は似て非なるものだ、なぜなら夢中は「夢の中」であるのに対して、「熱中」というのは「熱に中(あた)る」「熱に中毒する」という意味だからだ、よく知られているように中毒患者の必死さは力強いものではなく人間の弱さの破裂にすぎない。
あなたが自分の内に、僕へのラブを探したとき、まったく見当たらないだろうし、悪いクスリでも飲まないとそんなモチベーションは湧かないだろう、そうじゃなく「対象」にビターーーーッと定めること、そうでないと見えてこないものがある、つまり「定める」という方法を誤解していると人は世界の何一つも見えないまま死んでいってしまうということだし、それはとてもよくあることなのだ。

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