☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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「楽しそう」にご用心
「楽しそう」に見えることには注意がいる。
「楽しそう」というのは、ウソではないのだが、二種類あるのだ、このことは本当に見分けがつかない。
一つには、本当に楽しいパターン、もう一つには、未来への不安やつらさがあって、それゆえに「現実を忘れたい」という強いキモチがあり、そこからヤケクソのように生じている「楽しそう」というパターンがある。
人は、<<つらさに耐えられるほど頑丈ではない>>ので、人は自分がつらいということを自分自身で忘れてしまう、抑圧して忘れた上で代償行動に駆り立てられてしまう/それで本人も、自分の「楽しい」「楽しそう」がどのように生じているのかがわからないのだ、それは本当の意味で楽しいのではない。

「現実を忘れたい」というのは、人によっては切実なことなので、禁止されるわけにはいかない、度が過ぎない範囲で、つらすぎる人は現実逃避を工面してやりくりしていくしかないはずだ。
ただそれでも、どこかで見分けがついていないと冷静じゃない、本当に楽しいということは、現実があって未来があってその上で楽しいということでないといけない。
現実や未来というものを、誰もがそう「豊か」に持っているわけじゃない、けれども、それは必ずしも豊かでないと楽しくないというわけじゃない、そこは捉え方や気概の問題だ、不安定な未来だって「楽しいね」という人にとっては楽しいものだ。
あなたはなるべく、本来の楽しさのほうに与すること、「現実を忘れたい」というグループの人は、まったく派手に楽しそうだったりするし、しかも当人ら全員がその内実の仕組みに自覚がないことがほとんどだ、あなたはもっと渋くて骨のある「楽しそう」に首を突っ込むようにしよう。

元気をもらう必要はない、未来をもらいに行け。

人は生活力だけで生きていけるものじゃない、生活力だけで生きるということはとてもつらいことだ、「自分が生きるって何?」というダサい質問に、野暮でなく答えてくれる誰かと出会う必要があるものだ/そのことをバカにしていると、これは取り返しのつかない厄災になる、少なくともバカにするものじゃない、われわれは本当に生きているのだから。
「勝ち組」というだけで本当に楽しく生きていけるのなら、著名人の自殺やうつ病や離婚は説明がつかないだろう、演出気配の「楽しそう」に気をつけて/彼らは本当には楽しさに駆り立てられているのじゃない、不安とつらさに駆り立てられて追い詰められているんだ、彼らは自慢話をしているのじゃなく、本当に感じていることから逃げたがっているんだ。
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