☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< ラブストーリーは当然に | TOP | あなたが本懐に至るまで >>
恋あいは実感に勝る実話である

折空也と申します。
「お話」は、「お話」であります……それは何の役にも立たないもの、しかし背後でなにか、突破的な知恵や物事の定義を行っているもの。
お話を聴くということは、それに賛同するということでもなし、議論するということでもなし、理解するということでもなし、ただよく聴くということです。
われわれは、「お話」の中においてのみ、何の屈託もなくyesと言える、たとえ川の上流から大きな桃がどんぶらこと流れてきたということにしたって、ただちにyesと言えるのです。

男は男らしくあって、女は女らしくあり、互いは悪ふざけをして、ただし互いに尊びあい、大切にしあっていた。
それについて、己の実感を持ち出すべきではありません、それはあなたの「実感」なのですから……「お話」には関係ない。
たとえあなたが桃を生産する農家だったとしても、大きな桃が上流からどんぶらこと流れてきたことに疑問を持つべきではないのです、ここでは桃農家さんに桃生産についての実感を尋ねてはいません。
男らしい男がいて、女らしい女がいて、悪ふざけで男は女を、後ろから乳房ごと抱きしめた、そうした夏や冬があった、そのことはどう見てもyesでしかないのです、感情や実感は関係ありません、これは「お話」なのですから。

ふられた男が、「へっちゃらだ」と言い張った夜があった、これはそういう「お話」です。

胸の谷間に、尻のふくらみに、あるいはすらっとした肢体に、何があったのか、そういうことの「お話」がある、ここに数万数億のワイセツ的事実や実感を積み重ねたところで、「お話」には関係ないのです、週刊誌記者の方はお帰りください。
その黒髪は絹のようであった、肌は象牙のようで、香りは神殿に焚き込まれた白檀のようであった、女はブラウスを脱ぎ捨てるとみなそのようであった、これはそういう「お話」です、われわれはつまらない実感だけを「実話」とは言わない。

バカをやろうかあ | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |