☆いい女☆で行こう!

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世間一幕
の曲がった婆さんが、「たけのこの水煮」を手に取ろうと、スーパーの棚の前でヘコヘコしていた。
腰が曲がっているので、棚の高さに手が届かない、ギリギリ指先は触れるのだが、手袋をしているので摘まみ上げられないのだ、それで僕が横から手を伸ばして「たけのこの水煮」を代わりに取った。
婆さんは、勘のいい方で、また大変かわいらしい方だったので、顔を赤くして「ああ、ありがとう、ありがとう」とおっしゃっていられた。
僕は婆さんの心臓に負担をかけたくなかったので、「よいお年を」と言ってササッとその場を去った、婆さんは実は足は強いらしく、二軒目のスーパーでも見かけたが……(案外タフだなあ婆さん)。

生活している中で、そういう場面はしばしばあるもので、それをたまたま友人に見られると、特に年下からだが、感動気味に「九折さんって実はいい人ですよね」と言われる。
僕はそのたびに、まったく味気ないことで申し訳ないが、たいてい「これが世間じゃボケ」と返すようにしている、なぜかといって本当にそうでしかないからだ。
中学生の女の子が、並んでいる自転車をドミノ倒しにしてしまったのを、僕がしゃしゃり出て「おれがやっとくからええよ」と言ったりすると、まるで何かの事件を見たかのように善人風情を称賛されたりするのだが、そういうことではない、これが「世間」なのだ、どう考えてもそういう単純パワーの仕事はこういうオッサンがやったほうがいいに決まっているのだ、そのかわりたまにやる町内の清掃にはババアと女子中学生が参加すればいいだろう。
力の余っているオッサンが、通りすがりに力を貸していくようなことは、わざわざ善意とは言わんのだ、ただの「世間じゃボケ」、「ボケ」というのは余計な一言という気もするが、そこに「ボケ」がくっついてくるのもまた世間というものだ。

通りすがりのオッサンが手を貸さないとしたら、それは「冷たい」のじゃなく、ただの「チンパンジー」だ。

だってそりゃそうだろ、ガキどもの「いじめ」かなと見える光景があったら、そこにいるOLのお姉さんが割り込んでもイマイチ抑止が利かない、それよりは僕みたいなデカいオッサンが「何しとん?」と割り込んだほうが、ガキどももブルーになるに決まっている。
われわれはチンパンジーじゃないんだから、こんなものをいちいち善意とか正義とか言っていたらアホ丸出しだ、二十歳を超えたら「世間」ぐらいわかっていて当たり前だ/「これが世間じゃボケ」とどこかで言われておかないと、やがて人はルールを守るだけのチンパンジーになってしまうだろう。
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