☆いい女☆で行こう!

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旧「男尊女卑」のナゾ、解明さる

ぜ旧時代は異様な「男尊女卑」がまかりとおっていたか、そのナゾがついにわかった。
女性の体内には「あべこべ装置」があるのだ、この装置はまるでとぐろを巻いたヘビのように女性の体内に棲みついている。
そういえばヘビに「キャー」と悲鳴をあげるのは女性だし、聖書でヘビにそそのかされたのも女性だしな……
女性の体内には、このヘビの力による「あべこべ装置」がある、このあべこべ装置が不幸を生み出さないよう、かつての人類は男尊女卑を必死で保全していた。

この「あべこべ装置」は、1.主体の入れ替え、2.大小の入れ替え、という二つの機能があるのだが、ここではさしあたり第一の機能、「主体の入れ替え」だけ説明する。
男性が崇高なものに触れた場合、「崇高なものの前に、我が身を粉にする」ということが生じるのだが、このとき女性の場合は、主体の入れ替えが起こるのだ、なぜか女性の場合、「崇高なものは消え、我が身が崇高になる」という現象が起こる。
わけがわからないのだが、これは体内のヘビの力なのだ、ふだんは「そんなバカな」と思えている女性も、いざ崇高なものに触れる現場に立たされると、このヘビが激烈な声を発して、その叫喚に耐えられなくなる/我が身を崇高と妄想できる機会を、このヘビは決して見逃さない。
仮に「屈強な男が、か弱い女を命がけで守った」ということがあったとする、そのことは男どもには、「そうした偉大で崇高な男がいたのだな」と受け取られるのだが、女性においては逆なのだ、なぜか女性においては「守られた女(わたし)が偉大で崇高」になる、はっきり言ってここで命がけで戦った男はただの無駄死にしかならない、容赦の無いことだが本当にそうなのだ。

崇高なものに出会うと、男は我が身を粉にして帰ってくる/女は、「自分が崇高」になって帰ってくる。

極端な話、「大いなる神」に出会ってその命を受けた男がいたら、この男は己を神のしもべとし、我が身をごく小さなものにすぎないと悟るだろう、だが女性は逆なのだ、「大いなる神」に出会うと、「主体の入れ替え」が起こり、なぜか「大いなるアタシ」を悟って、人々が自分のしもべにならないことに怒り始める。
女性の体内にいるあべこべ装置のヘビは、対象が何であれ、その崇高さを見つけたら必ずその崇高さの地位を奪いにかかる、このとき女性は取り憑かれたようにゲッゲッゲと強固に笑うのだ、このヘビは一度でも崇高さに噛みつくとその味が忘れられなくなる……なるべくそのような不幸がないようにと、かつては男尊女卑が保全されていた/男は尊いことに身を粉にし、女は卑しいことに身を粉にする、そのことにどうしても向いている、という現実的利益を優先していたのがかつての時代だった。

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