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「定」と「散」

「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ということわざがある。
よく、「熱しやすく冷めやすい」というタイプの人があるが、そういうタイプの人はこれだ、「三日坊主」というのもそうだが、そういうタイプの人は、熱いものが喉元手前にあるあいだだけ、そのアチアチの実感に基づいて自己決定しようとする。
しかしその「実感」は、やがて過ぎ去ってゆくのだ、喉元を過ぎてしまえばその熱さを忘れるので、過ぎ去ってしまった実感と共に、そのときあった自己決定も通り過ぎていってしまう。
アイドルやアニメやホビーや、急激にブームになるお笑い芸人などもそう、すべては「実感」の性質である「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という現象に支配されている/実感はすべてそうして「一時的」なものなので、y=ax+bという数式のように永遠に残ったりはしてくれない。

人間には「定める」という能力がある。
暑い日でも寒い日でも、「かき氷を食べる」ともし定めたならば、人はその「定」を履行することができる/ただしこのことは「定」ということの直接の味わいを知らねばならない。
人間には「散らす」という能力もある、「気が散る」とか「霧散する」とかの能力だ、たとえば「吹奏楽部だからといって、必ずしも定期演奏会をする必要はなくね?」というふうに、百年続いてきたものを急に解体することができる。
われわれは現代において、気が散るように訓練されているので、五分前に授かった偉大な叡智と未来も、その五分後には「でもさあ」と自ら散らすように習慣づいている/数分ごとにタイムラインが更新されそのたびにすべてが「霧散」するので、われわれは生きる上でとても不利だ、自分がどう生きるかどころか、<<われわれは数日間をどう生きるかさえ定められない>>。

「定」の味わいを識り、「散」の強迫病に虫食まれていなければ、「決意」なんて必要ない。

しばしば「決意」や「強い意志」が必要に思えるのは、単に「定」の能力が失せているからだ、「定」の能力が失せている以上、いかなる強い決意や意志をもったところで、翌日には役に立たない/われわれは「霧散」を強迫的にする解体業者となり、クリスマスや正月を破壊したので、もう年賀状は恢復しないだろうし、すでに「あけおめメール」もピンとこなくなっているはずだ。
どれだけ建設的に考えようとしてもだな……「建設」が始まった瞬間、ただちに解体業者さんたちがやってきて、霧散させて満足ということを、自動的にやりだすのだ(解体業者とはあなたのことだよ)/あなたはこの数日をどう生きる? そのことを定めてから、「霧散」が起こるまでの時間を測定してみよう、きっと十五分も掛からないはずだ。

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