☆いい女☆で行こう!

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あなたの所属する吸収次元(実践編)

収次元は、つまり六道輪廻と十二因縁に関係している。
たとえば同じ戦争映画を観ても、餓鬼道にいる人は「あのシーンの爆発がすごかった」「あの戦車がかっこよかった」「あの旗が印象的だった」ということしか見えていない。
地獄道にいる人は「戦争は悲惨だと思いました」、畜生道にいる人は「愛する人と別れるところで泣きました」、修羅道にいる人は「平和のありがたみがわかりました」、天道にいる人は「人の世の無情が描き出されていました」と、それぞれの道において感想するにすぎない。
その戦争映画に示されているものを「識る」、そのことによる独特の感動を胸に抱えて行くというのは、人間の道にいる人にしかできない、誰が偉いとかいうことではなくてただ所属する吸収次元が違うのだった。

われわれは人間に生まれている以上、たぶん、人間の道において吸収するというのが一番正道なのだと思う。
六道輪廻における人間道、つまり何かを「識り」、何かを「行う」ということ、また「何が行われたかを識る」ということが、本来われわれの吸収すべき次元の事象だ。
メラメラしたり、ウルウルしたり、ワーッとなったり、つまりメラウルワーだが、このメラウルワーはもっとも人間の道から外れているのだろう、道から外れているものは一般に外道と呼ばれる/われわれがわざわざ外道を志向する必要はない。
餓鬼道を極めていくと「テンションがあがる」、地獄道を極めていくと「恐慌に震える」、畜生道を極めていくと「死にもの狂いでわめく」、修羅道を極めていくと「得失しか見なくなる」、天道を極めていくと「無感動に傍観する」、われわれはそんなことのために戦争映画を観るのではないのだ。

多くの人は、「ニュートン方程式」という言葉にはテンションが上がるが、「f=ma」は何のこっちゃわからない。

餓鬼道の人は「ニュートン方程式とか、言葉としてかっこいいっすよね」と見当違いをのたまい、地獄道の人は「こういう方程式って、独特のゾクッする感じがありますよね」とセンスがあるつもりの貧しい自負に恥をさらし、修羅道の人は「こんなの知ったって役に立たないじゃん」と妙な高圧さで言い張り、天道の人は「ふーん、むつかしい話だねえ」と内心で帰宅のこころづもりを始める、そんなことのためにニュートンは方程式を示したわけじゃない。
人それぞれ、所属している道によって吸収次元が決まってしまうということ、すべての物事と光景には六種類の吸収の仕方があるが、われわれは基本的に一種類の吸収の仕方しかできないということになる/あなたに「f=ma」はどう見えますか。

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