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僕にはわからない「ショック」のこと3

にはわからないことなので(以下略、あるがまま報告するしかない。
「魂の負債」(ほんまかいな)がある場合、そのことから目を背けたくなり、特別の現象が起こるそうだ。
たとえばエリマキトカゲのポスターが貼ってある場合、そんなものに興味はないが、「あ、エリマキトカゲだ!」とわざとらしく注目することで、自分の魂の負債から目を逸らせる、という効果があるらしい、それで一時的に元気になれるということ。
だから、たとえば派手な音やグラフィックが飛び交う動画やゲームが、「魂の負債から目を逸らせ続けられる」という理由から熱中される場合が少なからずあるということ、どうやらアニメや派手な歌や、映画やテレビ番組やファッションや流行飲食、自分でやるスポーツや○○会というようなものも、ただ「魂の負債から目を逸らせる」という理由だけで愛好されていることが少なからずあるみたいだ。

このことがあるので、現代においては作為的に、「視界から魂の営みを排除する」というバイアスが、人々の暮らしに掛かっていることになる。
このことは、「作為的ノーソウル」と呼んで差し支えないだろう、色んなメディアが実は作為的にノーソウルのコンテンツを創出し、人々は後ろめたい動機からそれらのコンテンツに「病みつき」を覚えずにいられなくなっている。
どうりでおれのブログなんか流行らんわけだぜ泣! 僕はアホなので「やっぱり魂から営まれてなきゃ誰もよろこばんでしょ」と単純なことしか考えてこなかった。
聞いたところによると、人は目の前に誰かの「魂の営み」を見た場合、1.自分の魂の負債を思い出して怯え、目を逸らそうとする、そのためにノーソウルコンテンツを欲する、2.自分もさも同列にあるかのごとくに思い込んで、自分の債務超過から目を逸らす、という、二種類の逃避をするらしい/僕にはわからないことなので、あるがままを報告するしかない。

休憩しながらでいいが、引き受けて立て。

「休憩」と「逃避」は、似て非なるものだ、どんなツワモノにも休憩は必要だろう、休憩しすぎは問題だが……「休憩」と「逃避」は似て非なるものだ、「休憩」は本分をおやすみしている状態、「逃避」は本分を錯覚している状態だ/人はきっと、エリマキトカゲに注目しているとき、休憩しているのではなく逃避している。
「魂の債務」は、明らかに「カルマ」と同義だと思うが、人によっては「魂が汚れている」という言い方のほうが実感的にわかりやすいらしい、それでカルマ償却に進まないと本人がキツイというのが本筋のようだが、カルマの償却というのはどうすればいいかというと、基本的には「まともなことをしつくす」「まともなことを一所懸命やる」ということだ、ただしその「まとも」というのは世間的にいう「まとも」とは少し異なる(全部は説明できねーよ、誰かまともな奴に訊け)。

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