☆いい女☆で行こう!

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「かわいい服を着よう」という思い

1がレースクイーンを撤廃するそうだ。
「時代の規範に合わないから」という理由らしい。
いずれラウンドガールや、企業やデパートの「受付」を女性がしている、という形態もなくなるのだろう。
あなたが抜群のプロポーションを持っていて、努力による美性にいたるほどの知性を獲得していたとしても、それによってあなたが「華」がごとき扱いをされることは、この先なくなるということだ、それはまことにめでたいことだと思う人がいて/一方で、とても悲しいことだと思う人がいるだろう、現在の乙女が未来のレースクイーンになる可能性はゼロになった。

女性はきっと、毎朝目が覚めたときから、「かわいい服を着よう」と思っているのだと思う。
無条件で「かわいい服を着よう・着たい」と思っていることが、性差別の原点だ、女性が自分に「かわいい服を着せたい」と望んでいること、それ自体が自分で自分にする「セクハラ」になっていると思う。
「かわいい服が着たい」という思いは、女性を「アイドルになりたい」「ミスコンを獲りたい」「アナウンサーになりたい」「インスタにかわいい自撮りをアップしたい」という気持ちのほうへ押し出し、やがて「F1のレースクイーンになりたい」という気持ちのほうにも押し出してしまうだろう、だがF1のレースクイーンはすでに公的に忌むべき性差別と認められた/あなたは性差別主義者に与するか。
「かわいい服を着よう」「かわいい服が着たい」と思うこと、それ自体が性差別の始まりだ、僕は男だし性差別をしてしまう愚か者だから、あなたは僕と会うときには、メイクをせず寝癖のままとびきりダサい服でいらっしゃい、僕は絶対にその待ち合わせ場所にはいかないから。

せっかくF1がレースクイーンを撤廃するのに、地下アイドルや巨乳アナウンサーやインスタ女子が増えては元も子もない。

地下アイドルや巨乳アナウンサーやインスタ女子を撤廃するには、「かわいい服を着よう」とする思いそのものを死滅させねばならない、たとえば「スカートのほうがかわいいから」といってスカートを穿く女性があとを絶たないが、スカートというものそれ自体が明らかに性差別のものなのだから忌まねばならない/実際、中学や高校において、男女の制服の区別をやめようとする動きが起こっている、それは本来、男女差別を撤廃するなら第一に施行されねばならない当たり前のことだった。
男性がそう感じてはならないように、女性も「スカートのほうがかわいい」「かわいい服を着たい、かわいい服を(わたしに)着せたい」と感じてはならない/なぜあなたは無条件に「かわいい服を着たい」と望むのか、それは僕が無条件に「女の子はかわいい」と感じるのと同じだけ罪深い性差別の発想だ。

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