☆いい女☆で行こう!

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男女平等と天地陰陽2
とえば木の葉の一枚を見ても、その片面は陽に照らされ、反対の面は蔭に閉ざされている。
ここで僕が、「あいつはアホだな」と言ったとする、あなたも同調して「あの人はアホですね」と言ったとしよう、しかしそのとき、僕はその「アホ」という木の葉を日照側から見ているのに対し、あなたは日蔭側から見ている、だからあなたの「あの人はアホですね」は、陽が指していない。
僕とあなたで、同じことを言っているはずなのに、陰陽はまったく逆を帯びているのだ、僕は彼のおでこに「アホ」と書いているのに対し、あなたは彼の尻の穴に「アホ」と書いている。
ここに男尊女卑の、おそらく本来の定義を示そう、「天地」といえば天が上にあるのは物理的に当たり前だが、つまり上から順に「天男女地」と捉えればいい、[天|男|木の葉|女|地]と並べたとき、[光の方向:天→地]だから、男女それぞれが木の葉一枚について陰陽の逆を見ていることがわかると思う。

[光の方向:天→地][天|男|X|女|地]、この構造図でワイルドカードXにさまざまなものを代入するとき、これまで視認しづらかったさまざまな諍い、いざこざ、すれ違いの理由が説明されうると思う。
たとえば、[天|男|夜遊び|女|地]と代入したとき、男はとっさに「夜遊び」に陽気な力を覚える一方、女は「夜遊び」に蔭のある不穏な力を覚える、ということが示される/これにより「夜遊び」について、男は「へ?」、女は「……なによ」とすれ違うことが起こる。
天地のあいだにある万物について、女性は「蔭のある不穏な力」のほうを見てしまうものだから、女性は大前提として、この世界の万物から不穏なものを吸収してまわるという性質がある/「男尊女卑」というのは単に「女は卑しいもの」という意味ではなく、「女は卑しい側面を吸収してしまいがち」ということだ、もしそれが「身分」だと言われてしまうなら、それは甘んじて引き受けるしかきっとない。
たとえば最近は、芸能界などは不倫ネタが流行しているが、蔭サイドからものを見ることしかできなくなった人は、何をどう工夫しても、そのネタから「卑しい側面」しか吸収できなくなる、たとえば映画「タイタニック」でさえ、「あれは婚約者のある女が行きずりの男と不倫するふしだらなクソ話」「しかもけっきょく自分だけ生き残ってやがるし、ゲスの極み」としか見えなくなるのだ。

[光の方向:天→地][天|男|あなた|女|地]

こうして図式にあなた自身を代入した場合、もしあなたが女あるいは女化した男であれば、どう前向きに捉えようとしても、あなたは自分の「卑しい側面」「蔭のある不穏な力」しか受け取れないはずだ/何が起こっているかわかるだろうか。
僕があなたに、「輝く肌をしているね」と言ったとする、あなたは「ありがとう」と言うだろうが、そこであなたがほんのりと男女平等主義に育ってきているとき、あなたの見え方と僕の見え方が陰陽において異なるという前提があなたにはないので、あなたにはわけのわからないパニックや不快や叫びの感情が起こる/僕がときにあなたを見下ろしたふうに言うことをあなたが許し認めてくれないかぎり、この苦しみの感情はあなたから消えず、あなたがあなた自身に輝きを確信することはいつまでもやってこない。
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