☆いい女☆で行こう!

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三毒と六道と十二因縁[2]
あ、むつかしい話をしたいのではなくて……
単純な話、「サカっている」「サカっていない」を判断基準にする、そういう見方に切り替えようということ。
「サカっている」なら、ただちに「毒ですな」という見切りでオーケーという、これはなんともわかりやすい話じゃないか。
もちろんそれを「サカっている」と見抜くためには、「この人、ホントにサカってない!! すげえ!!」という人を実際に見る機会が必要だ、検査としてサカり測定器をその身に当てたところ、「うおすげえ、本当にほとんどゼロだ!」という人に出会うこと、それが「道」なんだろうなということぐらい、東洋人のわれわれには何となくわかっているはずだ。

サカっている人は、悪口になってしまうから、あまり言えないが、サカっていない人についてはいくらでも言える。
たとえば桑田佳祐は東京ドームの舞台でエロネタをブチかましているときにも、サカってはいない、それは近所の夫婦喧嘩や、インターネット上の「レスバトル」のほうがサカっているだろう。
マイケルジャクソンは、激しく歌って踊っているが、サカってはいないし、ボブディランやクリントイーストウッドもサカっていない、ロブハルフォードやロブロック、あるいはスキャットマンクロザースもまるでサカっていないだろう。
重要なことは、「サカっているのを隠している、ほっかむりしている」のではなく、「全解放しても根っからサカっていない」ということ、そこの差を見切ることだ、ほとんどの場合<<サカっている人は自分がサカっていることを入念に隠す>>ということも大前提として知っておかなくてはならない。

「大暴れしてみて」と、大暴れさせてみれば、その人がサカっているか否かがバレる。

どこかの深窓の令嬢のように、俯いてシーンとしていたり、どこかのパンフレットのように営業スマイルを貼りつかせていたり、苦行僧のように板前で腕を組んでいたりしたら、表面上、サカりを離れて寂静に至っているのかな……というふうに見える、もちろんこちらの目が利いていると「ウソつけ」と見えてしまうが、だまされる人はだまされるだろう、このへんのまやかしは「大暴れ」させてみればバレる、あるいはシャウトさせてみても明らかになる/サカらずに大暴れしてシャウトできるというのは相当なレベルだ、ほとんど非現実的といってもよい。
だから、あなたはたぶん、せいぜい「わたしは割とサカることはないかな……」というフリで自分を励ましていると思うが、無駄な抵抗をしないことだ、「大暴れしてみて」と言われたらどうせ凍りつくだろう、もちろんそんなヤケクソトライアルで大破綻を展示しなくていいが/そこは身の程をごまかさないことだ、大暴れしたら自分の身の毒がバレるという予感がアリアリとある、その自覚的感覚がヒントになるのだ。
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