☆いい女☆で行こう!

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「仕事ができる人」
数年前、「初対面が苦手なんです」という相談をよく受けていた、相談としては定番の題目だった。
あと、「自分がない」とか、「仕事ができない」とかも、よく話される課題の、題目だった。
あれから十数年経った現代では、誰もが初対面から打ち解けることができるようになり、誰もが正しく「自分」を持つようになり、誰もが「仕事ができる」ようになったのだろうか。
もしそれらが、オールOKになったのならば、すばらしいことだが、そんなことはいかにも不自然だ、かつてあったこれらの悩みというか課題はどこへ雲散霧消したのだろう、全員でスーパーエリートになったのだろうか。

どこかで子育てのブログを書いている女性が、こんなことを書いていた。
「昔は、他の母親さんを見ていて、『なぜちゃんと子供を叱らないんだろう』と疑問だった」「でも自分が子育てをするようになってわかった」「叱ると子供が発狂するので、なだめるしかないんです」ということだった、これは現代に特徴的なことだと思う。
同様に、「お前は人と打ち解けられんのか」とか「自分がない奴だな」とか「仕事ができなさすぎだろ」とか、現代で指摘するなり叱るなりすれば、叱られた対象者は「発狂」すると思う/感情的に激昂して、もう何も受け付けない、近所迷惑のカタマリになるのだ(それは脅迫と恫喝を帯びている)。
現代人は、ガマンがなくなった、のではなく、我慢(アートマ・マーラ)が極大化した、というのが僕の見方だ/僕は中学のときのI先生に、遅刻したときに「このボンクラが!」と怒鳴られ、「そうか、これがボンクラか、確かにこれでは僕はボンクラだ」としみじみ納得したことがある、そこで「ガマン」が出てくるという感覚は未だに僕にはわからないままだ。

自慢じゃないが、僕には「仕事ができる」という自信はまったくない。

僕には「仕事ができる」という自信がまったくないので、いつでもそのことに引け目というか、プレッシャーを感じていて、「がんばらないかんで」と思っているのだが、どうも僕よりはるかに若い人は、そういうプレッシャーを感じていないように見える、そして仕事中に「お前、何やっとんねん」という叱責状況が生じたとき、「しまった」という自責と慚愧の表情ではなく、すさまじくふてくされて獣化する表情を見せる/「つまりボクを侮辱したら発狂して噛みつくぞ」と(マジなのだから笑えない)。
昔、僕を慕ってくれる若い女の子がいて、「手伝いたい」というものだから、ある種のレジュメを作ってもらったのだが、「お前、チンタラしすぎや、何をモタモタしとんねん」「アホか、こんな書き方で相手に伝わるかい、書き直しや」と二、三回言うと、それ以来パッタリ連絡がこなくなり音信不通になった、別に僕に対してはそれでかまわないが、僕のような超ルーズな人間の仕事も引き受けられないようでは、どこに行ったって何もできないぞ/「仕事ができる人」って、どれだけ特別で優秀な存在か分かっていないのか、普通の人は「仕事ができる人」になんかなれねーよ、とたまには僕もまともなことを言うのだった。
できるオンナだね | comments(0) |
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