☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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「思い」を胸に抱えない
力がカラッカラに枯渇している今、自戒を込めて書き話しているので、これは笑い話に聞き流すように。
自戒するのだが、どうも僕自身の発想のメカニズムには、思いをプールする場所、いわば「楽屋(がくや)」がないようなのだ、そのせいであまりに人と話が食い違ってしまう。
たとえば僕の場合、誰かに「わたしも小説を書いてみたいです」と言われると、僕は「へえ、そうなん」となり、「じゃあ」とその場で原稿用紙とペンを渡してしまうことがある、そして「……ん? はよ書けや」となってしまうのだが、これは別に威圧しているのでもないし意地悪をしているのでもない、これが僕にとっては通常時のメカニズムなのだ(本当に悪意はない)。
僕にとっては、たとえば「小説を書いてみたい」というような思いがあったとき、それを<<いったん胸に抱える>>という手続きがないのだ、あるいは小説を書いてみたいという<<思いが芽生えた>>という手続きがなく、僕の場合「小説を書いてみたい」という思いは手続きなしに原稿用紙とペンに直接向かうのだ、これはマジの話なので、「へえそんな発想のやつもいるのか」と笑い話に聞き流してもらいたい。

たとえば僕が、「ギターを弾いてみたい、弾けるようになりたい」と思ったとしよう/実際、僕はギター演奏などまったくできない、できないというよりそもそも知らない。
このとき、僕は「ギターを弾いてみたい、弾けるようになりたい」と思ったら、ギターを買うか借りるかして、たぶん多くの人が驚くことに、<<何も調べず何も習わず>>、いきなりギターの弦をジャカジャカ鳴らし出すだろう、何の躊躇もなく全力でだ、左手でコードを抑えるフリはするだろうが、もちろんどこをどう抑えればいいのかなんて知識ゼロなのだからわかりようがない、そんなもん知ったこっちゃないのでデタラメにやる。
僕は「ギターを弾いてみたい、弾けるようになりたい」と思ったのであり、「ギターを習いたい」と思ったのではないし、「ギターの弾き方を知りたい」と思ったのでもないから、僕にとってはこれが正しいのだ、もしギターに詳しい人が横から「ここをこう抑えるんだよ」と教えてくれたとしても、「うっせえ、訊いてねえよ、だまってろ」と取り合わないだろう、ギターの「弾き方」になんか何の興味もないのだ/そしてひでえ話、僕がテキトーに抑えた弦ではまともな音が鳴らなかったら、「ちっ、このややこしいギターめ」と、ギターの側に文句を言うだろう、僕はギターに向けて「ほれ鳴らんかい鳴らんかい」とけしかけて弦を弾きまくるに違いない。
さてそこで、僕としては「ギターを弾いてみたい」ということは、すでに達成されたわけだ、もしその達成の中で、「これってどうやったら和音になるのかね」と、改めて「ギターの弾き方を知りたい」と思ったなら、そこで「おいお前、ギターのコードの抑え方をネットで調べておれに見せろ」とそこにいる誰かに命令すればいい/僕にとってはこの順序が鉄則であって、「ギターが弾きたいからまずギターを習いたい」という思いのプールは決してしない、「ギターが弾きたい」とき「ギターを習いたい」という思いは一ミリもない。

ギターを鳴らしたいとき、ギター講師はクソ以外の何物でもないから蹴り出せ。

逆に、もしギターを「習いたい」なら、そのときはギター講師は最高のナイスフレンドだ、そのとき「習いたい」をたっぷり満たせばいい、ただし「習いたい」ならその後ギターはゴミ箱に捨てること、なぜならもう「習いたい」の用事は済んだだろう、演奏しかできないギターなんて粗大ゴミだと見えねばならない、冗談ではなくそれが正しい。
冗談ではなく、たとえばよく言われる「ギターを弾いてみたくって、ギター教室を考えているんです」という文脈の立て方は、僕には一ミリもわからないのだ、それは「女を口説きたくて、女口説き教室を探しています」と言っている男の世迷い言みたいに聞こえる/「思い」がターゲットから逸れて一旦プールされているとき、エネルギーが浪費されるだけじゃない、ビニール袋に閉じ込められた「思い」はそのまま腐敗して生臭くなってしまうだろう。
恋女のマインドね | comments(1) |
コメント
謹んで。

現代の若者が「ギターを弾きたい」というとき、その思いは正確には「ギターの腕前により万人にチヤホヤされ、天才として崇められる精神的にラクな状態に身を置きたい」なのじゃないかと推察します。「到達後」のことを指しているので、いざ目の前にギターを差し出されると嫌がるはずです。
そして「ギターを習いたい」は、「途中経過をすっ飛ばして自分を栄光に導いてくれる特別な理解者をゲットしたい」なのじゃないでしょうか。
ギターなり小説家なり、その思いの対象となるものは、基本となる妄念に好みや流行でフレーバーづけしているのでしょう。
つまらない話を失礼しました。
2018/03/03 11:30 PM by 若者
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