☆いい女☆で行こう!

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男のシャツのボタンに手を掛ける指
源的に、セックスを「悪いこと」「下劣なこと」と思っている人が少なからずいるようだ。
セックスが「悪いこと」「下劣なこと」とする捉え方は、間違っているのかもしれないし、間違っていないのかもしれない、そしてもし間違っていたのだとしても、その修正はめんどうくさいので、もうそれでいいんじゃね、という気がしてくる。
第一、いまどき、セックスなんか無理にする必要はまったくないので、そういうことに向く人はやればいいし、いまいち向かない人は、無理にやる必要はないのだ、あまり主要なテーマにはふさわしくない。
少なくとも言えることは、セックスを「悪いこと」「下劣なこと」と捉えている人と、逆に「正義のこと」「気高いこと」と捉えている人、両方があるということだ、この両方は性質が違うので互いに噛み合わないだろう。

「わたしのような、色気づいただけの小さな女が、それでも愛する男に祝福と歓喜と解放を与えて差し上げられるなんて、わたしにとっては最高に恵まれた正義のことなの、わたしが汗を流すだけで、彼は自分が男に生まれてきたことをよろこぶことができて、そこから彼は自分が生きることをなお拡大できるのよ、ここでわたしが引き下がれる理由はわずかもないわ」という捉え方もある。
一方、「まあわたしも、エッチはきらいじゃないし、本能だから仕方ないんじゃない? それに、男の人がそういうことに必死になっている姿って、やっぱり見ていて女として気分がいいし」というような捉え方もある。
それは、なんというか、セックスを人の「営為」と見る派か、人の「趣味」と見る派の違いだ/そして確かにセックスを「趣味」として見るなら、セックスはどちらかというと悪趣味に入るだろう。そんな人に見せられない趣味に耽らずとも、世の中にはもっと健全で明るい趣味がいくらでもある。
たとえば、うまいメシや料理を、自分の生きる世界そのものと接続する人もあれば、単に食い道楽が趣味、という人もある、またそれが趣味だというなら、「正直あまり食事がどうこうとか関心無いのよね、洋服のほうが好き」という人もある/絵画が趣味とかダンスが趣味とか音楽演奏が趣味とかいう人はいくらでもいるが、それらを「営為」として「自分の生きる世界そのもの」と接続する人はそんなにいない、そもそも「自分の生きる世界」なんてものを持っている人が絶対数として少ないのだから。

セックスへの向き合い方は、読書への向き合い方に似ている。

「わたしけっこう読書するよ、本好きなの」という人が、かわいらしい趣味をしている一方、やはりこれまでの歴史の中で、「命がけで書物を読み解かねばならかった」という人々もいる、同じひとくちに「読書」といっても、その内実はまったく性質が異なるだろう。
男のシャツのボタンに手を掛ける指は、本の表紙に手を掛ける指に似ているということだ、単なる趣味の人、「何があるかな」とただ楽しみにする人、それ以上の命を帯びている人/そこは人それぞれなので、ただ人それぞれなのだということを知り、うかつに同じ語り口を向けるべきではない。
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