☆いい女☆で行こう!

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自分の頭の中と、他人の頭の中2
とえば、六〇歳の零細企業の社長は、資金繰りに行き詰まる日々の中で、それはもう朝起きたときから、「やばい」「なんとかしないと」ということで、体内に「大ピンチ」という物質が駆け巡っている。
社長の目先には、まさに消えぬ「暗雲」が立ちこめているのだが、もちろん天気の事実としては春の青空があったりするので、「暗雲」を直視しているのはその社長だけだ、街ゆく二十歳の春や十八の春はルンルンであって、お互いの頭の中は当然に違う。
そういうとき、社長が喫茶店に入り、携帯電話で大声をやりとりをしていると、お化粧をした十八歳のウェイトレスに「あの、すいません、店内でのお電話はお控えいただきたく……」と言いつけられることになる、すると社会通念や道義を超えて「こんな小娘にモノを言われるのは耐えがたく頭にくる!」という苛立ちが起こる/「お前に世の中の何がわかるんじゃ!」と、突然の積もりつもった苛立ちの恫喝が起こる。
突き詰めるところ、自分の頭の中と、他人の頭の中が「違う」ということが、頭にくるのだ、自分の頭の中が暗雲である以上、つまりは万人の頭の中が暗雲でなければ決して許せないというわかりやすい正義が永遠に求められることになる。

もちろん、チームのリーダーと部下という関係や、師匠と弟子というような関係なら、それぞれの頭の中、特にリーダーの頭の中は、周囲によく知れ渡り、コンセンサスを形成していなくてはならない、本来はそのようなことのために「コミュニケーション」という能力がある/コミュニケーションの本質は、よく話し合うことではなく、よく「伝達」されているかどうかに掛かっている。
重要なことは、ただ一点、「伝達されたものと、伝達されていないものを、完全に区別する」ということだ/たとえば件の社長だって、「資金繰りで暗雲立ちこめております」という看板を背負って歩いていれば、「お前に世の中の何がわかるんじゃ!」という突然の爆発も、他人から見て「なるほど」「まあ、やむをえない」「がんばってください」と見えなくもない。
「伝達されたものと、伝達されていないものを、完全に区別する」、これは重要な認識であり能力だ、たとえば僕はこれまでの十数年間で400近いコラムと4000近いブログ記事を書いているが、その中で「カマダのだし醤油が結局一番いい」という話は一度もしていないはずだ、一方でB&Wのスピーカーを愛用しているとかニューヨーカーのコートを古着屋で買ったとかいう話は過去にしたことがあるはず、これらはすべて「伝達したか、していないか」という能力の下に区別され管理されている。
僕の頭の中と、あなたの頭の中は、当然領域として「違う」ので、僕の頭の中が仮に「暗雲」であったり「晴天」であったりしても、それは僕からあなたへ「伝達」されるまでは、シークレットであり僕の「プライバシー」となる、僕は自分から伝達したことしかアテにしないし、あなたからも伝達されたことしかアテにしない/区別を見失った「通じ合う」のたぐいは一切アテにしない、それはガキのする妄想でしかないからだ(本当に妄想だ)。

区別と伝達の能力がない人は、必ず「むっつり」および「うるさい」という性質になる。

自分の頭の中と、他人の頭の中が、「区別」されていなければ、必ず「何を話したらいいかわからない」という状態になる、そして「伝達」の能力は根本から不能化する、ここで「むっつり」という沈黙が生じる/そこから「伝達」が不能なままコミュニケートしようとすると、情報を「やけくそ」で投げ込むしかなくなるので、必ず「うるさい」という性質が生じる、「声を高める」しかなくなるのだ、子から見て親がたいてい「うるさい」としか感じられないのはこれが理由だ。
発狂というのは苦しいものだし、誰だって発狂はしたくないのだが、発狂から縁を切るためには、「伝達」の能力を得ることだ、そして伝達の能力を得るためには、必ず「自分の頭の中と、他人の頭の中は違う」という区別能力を、明視的に得るしかない/人と人が真に「つながる」というのはその先にある。
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