☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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われわれは戦争の世を生きている
まって訪れた春の陽気と、いぜん顕然たる冬気のあいだに、青空に恵まれて、目を細めながら休養と活力の充填にと、箱根の湯本に参じ、行きつけの旅籠で髄(なずき)の緩むまで湯浴みし、この期は口腹の幸せもたまらんとて、玉食を饜するまで頬張り、その後は二日に亘って昏々と眠った。
このところは夢にさえ用事をもたなくなっていたわたしの、それでも深奥のこととして、久方ぶりの夢を見た、戦争に勝つ歩兵の夢を見、正午に目覚めると、そのまま再び眠りに落ちるよりなく、今度は戦争に敗れる不幸な歩兵の夢を見た。
人間に、戦争を構築する要件、つまり徒党を組んで敵味方を識別し、その識に遊び争うという素因がある以上、たとえ社会的に諸国や諸勢力と交戦状態でなかったとしても、人は戦争の世を生きている/われわれの暮らしは変形された戦争の惨禍に彩られており、そのことは実に気づかれにくい。
第一には戦場の勝利者としての夢を見、第二にはその敗者としての夢を見るということは、その当事者の心境に教わること大にて、希有かつ僥倖のことだった、戦場にて勝利の歩兵はフィクションの歓喜を得たが、敗者はノンフィクションの恐慌をのみ有した/われわれは戦争の世を生きている。

ノンフィクションとは、つまり痛みと苦しみの実感だ、痛みや喪失や敗北に向けて起こる、恐慌や迷妄といったどうしようもない苦しみの「実感」こそがノンフィクションの真髄であって、これは悪夢(night-mare)のように人を取り込む。
戦争の勝者は、敗者ほどに痛みや苦しみ、喪失や敗北を実感し得ないのであるから、勝者は敗者ほどノンフィクションの当事者にはなれない、勝者は他人の見る悪夢について思いを馳せるのみで、ついに自分が悪夢の当事者にはなれない。
戦争の敗者には、初めから悪夢(nightmare)が憑いている、すべての勝ち筋が泡沫のように消えてゆき、魂魄はとうに見失われている、血と煙ばかりの混在、何の機会も見えないまま、「しまった」と思って考え直そうとするところ、すでに背後を取られて「おい」と、その首に縄を掛けられている。
戦争に殺されるというのはそういうことなのだ、瑞夢は終わり、何もかもが混濁していく、すべての景色が引き波(undertow)の力を発揮する、戦争を愛好する旅団の仕掛け船が、すぐ海辺に罪のない平和の旅客船に見えて、「あそこに行けばよい」とすがりついたところを拿捕される――決して味方のいない嘲笑に囲まれながら。

古代の人々が見極めたように、大神オーディンの恩寵がないとき、人は夜魔(night-mare)に食われて、初めから戦争に負けている。

譬え一時の勝利が得られたとして、その勝利に神々の照覧あるを忘れたならば、次にその恩寵はない、恩寵なきまま人が戦争の世に送り出されると、恐慌と迷妄のノンフィクションが人を襲い、人は「ちょっと待ってくれ」と言いたい動揺のさなか、それを言い出すころには先に首に縄が掛かっている、あとはもう……つまり初めから戦争に負けている、あとは己が身が供物に捧げられるのみだ。
その場で窮してしまっては、もはやどうしようもないので、普段から、実感を超えて為すべきことを為しておくしか、恩寵を受けられる方法はない、誰しも人は戦争の世を生きているが、普段から怠りない者だけ、戦争の敗北つまりノンフィクションの恐慌を、知らずに往くことができるのだ、それは知らなくてよい世界なのだ。
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