☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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草不可避のおっさん、述懐する
の子の顔が、ふわぁっと光に満ちていって、眼差しが、急に透き通って輝いていく、あの瞬間が好きだ。
僕は自己紹介をするのが好きではないので、人に自己紹介することはまずない。
にもかかわらず、目の前の女の子が、僕を見上げて離さず、ふわぁっと顔に光をみなぎらせていって、笑うような泣くような、透き通った黒真珠が怖いぐらいの眼差しを僕に向けて、上昇していく。
こんなブ男の、初老のおっさんを捕まえて、女の子は何を「見ている」のだろう? 自分で言うのもアホみたいだが、そこに何が「見えている」のか、僕も他人の目になって自分のことを見てみたいといつも思っている/もしそれが視認できたら、もうちょっとやれることと、やりやすさがあるはずなのだ。

「かわいい、かわいい」と僕が笑って言うと、YUIは「そう? わたし、かわいいキャラじゃないのに」と不思議そうに言った。
だがあの瞬間、誰がどう見ても、彼女のことは「かわいい」と言うだろう、それは奥底にあるものを曲げずに、一人で抱えてきた彼女自身の、いわば報われたことであって、彼女自身の誉れだ。
だって僕がかわいいわけじゃないし、僕がかっこいいわけでもないしな、たまにそうして華やいだ女の子と二人並んで鏡を見たりするが、いつも僕は、かわいい女の子と自分を見比べて「なんじゃこの横におるデカブツのおっさんは、草不可避」と思っている、それは卑下ではなくて、本当に純粋に「草不可避」なのだ、何か知らんが不格好すぎて笑ってしまう。
この草不可避のおっさんに、女の子たちは何を「見ている」のだろう、それだけが本当にわからん/渋谷の花屋のねーちゃんは四分間笑い続けるしタクシーのおっちゃんはやたら恐縮するし、一体誰も彼も何を「見ている」んだ、誰かたまにはおれ向けにまともにinformしろ(わりと切実)。

YUIが、僕の前以外では「かわいいキャラではない」というのは、改めて驚くべきことだ。

それはつまり、彼女の周囲が長年見ている「YUI」は、僕が見たYUIちゃんとはまるで異なるということだろう、ともすればYUIちゃん自身も、そうして自分が「かわいい」女の子であるということを知らないまま生きてきたという可能性もある。
だから、真に注目すべきところは、僕が草不可避のおっさんということではなく、誰もが実は草不可避な人なのじゃないかというところだ、女の子の場合は草に花もまぎれこんでしまうので「花不可避」にもなるか、たしかにあのときのYUIちゃんなんかを見ているとその描写は「花不可避」が当たっている/ふだんはそれが隠蔽され、殺されているだけではないのか。
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