☆いい女☆で行こう!

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パーティ報告78(3)

「よろしいですか〜みなさん、はっきり言っておきます。男が女に向ける『本気』、『falling love』、『I'm crazy for you』、これ、ぜんぶ役に立ちません。ホンマに何の足しにもならんということを明言しておきます。これ、実は要らんやつなんです」
「よろしいですか〜、たとえば僕は、男なんですから、大前提、<<すべての女性が『好き』で当たり前>>なんです、男は男として生まれてきているわけだから、女の子が好き、女の子がそばにいるだけでハッピーになる、そういう性質のもんです、これを冒涜し汚損するのは、そういう性質を宿されて生まれてきたこの存在と生命そのものを冒涜することです、カミサマの作ったもんに文句言っているのと同じです、そりゃロクなことになりません」
「で、『男なので、そばに女の子がいるだけでハッピー』という、この状態、実はこの状態はまだ、異性愛ではありません、兄弟愛なんです、実はこの段階はスケベ心じゃないんです、いいですかみなさん、わかりやすくいいます、たとえばここにハンバーグとわらび餅と玉子ぞうすいがあったとします、そのどれを食べたいという以前に、全部『うまそう』です、そりゃ大前提として「食べ物」なんだから/それと同じように、男にとっては女の子がいるということで『ハッピー』なんです、食いもんには『うまそう』女の子には『ハッピー』なんです、そういうふうに生まれついとるもんにケチをつけて損傷させても何の意味もない冒涜にしかならない」
「当たり前のこととして、食べ物は全部うまそうなのだから、ハンバーグを食って『うめえ』、わらび餅を食って『うめえ』、玉子ぞうすいを食って『うめえ』です、それと同じで、サトミちゃんがいて『ハッピー』、ユイちゃんがいて『ハッピー』、ツバサちゃんがいて『ハッピー』です、このよろこびが愛であって、兄弟愛なんです、もしこれがないならサトミちゃんもユイちゃんもツバサちゃんも、男の前に<<何をしにきたのかわからない>>という状態になります」

「で、少なからぬ女性から見て、『この男の人、とにかく女の子といると、誰といてもハッピーそうね』と見えるとき、そのときの男のハッピーぶりについては、不快ではないそうです、『そりゃ男の人だもんね』と、むしろ単純な男性らしさに見えてかわいらしいそうです、そしてこの単純な男性らしさが自分にも向けられて、『あっ、サトミちゃんだ! おいでー、かわいい!』とよろこばれる倍、それは不快ではないし、男の人だから女の子が好きという単純なことで、安心していられるそうです」
「女性から見て、おっかないノーサンキューになる場合はこうです、サトミちゃんが来ても無反応、ユイちゃんが来ても無反応、ツバサちゃんが来ても無反応、一人で何か思い耽っている、そこでケイコちゃんが来たときだけ『ドッキューン』『falling love』『本気です』『笑わせてあげたい、幸せになってほしい』、こんな不穏な『本気』など、ケイコちゃん側から見たらおっかないのです、兄弟愛ゼロなのに、恣意的かつ選択的な愛だけドッカーンでは、何かおかしい気配に決まっている」
「目の前にハンバーグがあり、わらび餅があり、玉子ぞうすいがあるのに、それらにはシーンと無反応で、『えびグラタンが食べたい、本気なんです』と、ため息と涙をこぼしていたらおかしいでしょ? 食べものへの普遍的なよろこびが、この身には生まれつき宿されているはず。持って生まれたこの身に宿されたはずの、兄弟愛はどこへいってしまったのでしょう
「ケイコちゃんに声を掛けて、笑わせて、親しみたい、和ませて幸せにしたい、そこに邪心はないつもりですが、うまくいかないですという場合、それをどうしましょうとうことは、初めから破綻しているので、その筋道に解法はありません、正しい解法はこうです/『男なのだから、縁あって女性と同じ場所にいるときは、どの女性に対しても声を掛け、笑わせ、親しみ、和ませて幸せにする、それが無条件でハッピーだからなあということ、そこにケイコちゃんがいたらケイコちゃんとも親しくなるというだけのことであって、普段このたしなみから離脱している人が急にケイコちゃん向けにだけラブパワー発動! なんてことはできません、成り立ちませんしケイコちゃんも怖がって逃げます』。

「持って生まれたこの身に宿されたはずの、兄弟愛はどこへいってしまったのか/そんなもん、自己愛に転じているに決まっているだろ」

「その他の女性に対しては無反応なのに、ケイコちゃんに対してだけはズッキューンという場合、これは愛ではなく『私心』です、私心があってはいけないとは言いませんが、私心を愛と言い張ることには欺瞞があり、この欺瞞は報いを受けます、『己の抑えきれない私心の漏れを、さも尊き心のふうにすり替えて言った』にはそこそこの罰があてがわれてしまう、なぜならそこには『増長』があるからです、ここはササッと『悔い改めて』してしまうのが吉です、『甘い感情に振り回された未熟を愛と言い張るなんてまさに自分が甘かったわ〜』と。なお向かうべき吉相から離反してトクをする人は誰もいません」
久しぶりに基本的なことをドストレートに語ってみたが、基本的なことは意外とモテたな! ある人が打ちのめされて言ったように、これは「理知」であって、あとは理知を真面目(しんめんもく)に受けとるか、顔をしかめて拒絶するかしかない、顔をしかめるのは常に確定事として「凶相」です。

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