☆いい女☆で行こう!

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ナゾの現象、「おかげ」発想への不快感

う数年来、ナゾの現象に包まれている。
僕がエネルギーを分け与えると、分け与えられた人はエネルギーを上昇させるが、それが「僕のおかげ」と捉えられることはまずない。
一方、たとえば親とか環境に、エネルギーを引き下げられると、それは「絶対○○のせい!」と、強烈に断じられる。
いうなれば、ブラック企業があった場合、人々はその経営者を「こいつらのせい」と断じて責めるが、ホワイト企業があった場合には、人々はその経営者を「この人たちのおかげ」と奉じたりは決してしないのだ、この現象はここ五年間ぐらいで急激に起こっており、発生の理由もわからないままだ。

ごまかしてもしょうがないので、ありのままをレポートする/僕はナゾの現象のナゾを解き明かすのが好きだ。
特に根拠はなしに、「自分はもともとエネルギーの高い存在」と思い込んでいるフシがある/よって、状況的にエネルギーが引き下げられた場合は、「これは本来の自分じゃない」「だから、これは絶対に○○のせい」という文脈が生じる。
逆に、エネルギーが分け与えられ、エネルギーが引き上げられた場合は、「これが本来の自分」「だから誰のおかげでもない」という文脈が生じる。
僕がエネルギーを分け与えた人は、僕から離れて二日ほどするとエネルギーが下がるのだが(当たり前だ)、このときどうやら激烈にイライラするらしい、つまりエネルギーが上昇しているのが「本来のわたしの姿」なのだから、そうでない姿に陥っていくのは激烈にイライラするらしい、そこに僕がどう関わっていたとして、「あなたがエネルギーを分け与えてくれていたのね」という発想はみじんもない/これは非難しているのではなくナゾの現象について指摘しているのだ、五年前はその発想が誰にでも当然にあったから。

エネルギーは「あの人のおかげ」なのだが、そうと認めるには"耐えがたい不快感"がある。

実際に起こることをレポートするなら、そう述べておくしかない、僕はそんな不快感の伴うことを人に強いるつもりは毛頭ない、ただこのとき生じる強烈な「不快感」は、どこから発生しているのかわからないのだ。
僕がエネルギーを保ち、誰かにエネルギーを分け与えると、エネルギーを分け与えられた人は「そうそう、これが正しい、このときのわたしが正しい」と感じるようで、目の前の僕に向けて「この人が正しい」とは感じないようだ、なぜかこの現象は五年前から急激に起こってきており、今では変更不能の絶対感覚にまで育ってしまっている(理由は不明)。

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