☆いい女☆で行こう!

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胴体へのアプローチを持つこと
野一雄は、「関節が壊れるか、ぐらいまで踊らんと可能性がない」というようなことを言っていた。
なんというか、われわれ現代人は、自分の胴体にアプローチする方法をひとつも持たないのは、もはや危険だ、必ず何かを持っていたほうがいい。
もともとおじさん連中が、偉くなるほどゴルフをするのはそういうことなのだ、扱う金額がデカくなってくるほど、その負荷に病まないよう胴体へのアプローチが必要になるのだ。
近年の筋トレブームは、一言でいえば間違っていて、肉が育つということは神経が休まるということなのだが、筋トレをすると「筋」が興奮して強化されるのだが、それは神経が休まるどころかますます加熱しているので、麻薬投与的に依存はするようになるが、胴体へのアプローチにはなっていない、蛇口を分厚い鋼鉄製にしたところで水流にはむしろ悪影響しか及ぼさないからだ。

静的には、ヨーガなどが典型的に胴体へのアプローチだが、動的にというと、これは「短時間になるべく多数の技を出現させる」というやり方になる。
たとえば中国武術的なやり方だと、詠春拳や八極拳が露骨にそれとわかる、短時間にどれだけの技が出るねんという具合だが(まあ中国拳法はぜんぶそんな感じだな)、中国拳法に筋肉ムキムキのグラップラーはいない。
静的・動的のどちらにせよ、胴体へのアプローチを自分なりに持たないのは、もはや現代の文化状況において危険だ/参考にいうと、実はパートタイムで長年作業をしているおばちゃんは、そのすさまじい速さの仕事の中で、「短時間にどれだけの技が出るねん」ということを日々こなしている、それによって胴体から病気や闇が生じることを吹き飛ばしているのだ、あれ自体ひとつの功夫(クンフー)だと言っていい。
精神科医の人に聞けばわかるが、肉体の緩慢・動作の緩慢は、明らかに精神病の予兆として現れてくる現象だ、具体的に緩慢ということは「ヤバい」のである、「テキパキする」ということができなくなるのは、哲学的になっているのではなく病的になっているだけなのだ。

胴体への、ケアではなく、敏捷さに向けたアプローチを持つこと。

現代は非常にマズい状態なのだ、実験してみればわかるが、実は現代人は昭和の人間が話していた速度ではもう話せないのだ、それも知能ではなくただ肉体動作の緩慢性によって不可能になっている(ためしにB&Bの漫才を、文字に書き起こしてみたとして、それを音源と同じ速度で読み上げることが、もう肉体動作として不可能なのだ)。
静的でもいいし動的でもいいので、胴体の敏捷性を高めることへのアプローチを持つこと、もうあいまいに保留していられる状況ではなくなってしまった/肉体が緩慢化すると、行き場を失った「流れ」が滞留し、感情が激化するということが起こる、それで現代人は<<話すのが遅いのに、しばしば奇声を発する>>という病状を見せているのだ。
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