☆いい女☆で行こう!

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身分学、研究中9
えすぎてフラフラになっている。
突き詰めるところ、わかってくるのは、やはり見上げれば「エネルギー」で、見下ろせば「重さ」なのだということ。
重さとエネルギーはもちろん等価のものだ(相対性理論)。
人間は業(カルマ)の存在だが、見上げればキラキラしており、見下ろせば淀んでいる/下から目線の魂は上に向かっており、上から目線の魂は下に向かっている、そりゃ目線の方向的にそうなるだろうよ。

人間の業を、胴体の最下部から順に言うと、セックス、暴力、自己快活、友愛、面白さ、知恵、となり、最後はもう業から離脱している叡智につながる。
その各位の業を、見上げているか・見下しているか、ということがあるのだ、つまり見下している人にとってセックスは「罪に淀んだもの」(重さのもの)であり、見上げている人にとってセックスは「キラキラしたもの」(エネルギーのもの)となる。
たとえば、僕はよく、「ぷりんぷりんとのセックスは最高だああああああ」と言うが、こんな発言をする僕に対しては、PTAの全員は「下品」「破廉恥」と見下す目線を向けるだろう。
つまり僕から見て、セックスは「キラキラしたもの、エネルギーのもの」だが、PTAの全員から見て、セックスは「罪に淀んだもの、重さのもの」だ、もちろんPTAの見方のほうが究極的には合っている、ただしそれはPTAの全員が、すでに人を超え業をもたざる神霊的存在へと高まっていることを前提にする/もちろんPTAの全員はセックスに関わる業などとっくに超越しているので、僕などとはまったく身分が違うのだった(その証拠に、彼らは僕を見下すだろう)。

それぞれの業を、キラキラにクリアしたのか、それとも淀みに否定したのか。

PTAのおばさんは、セックスや暴力を感情的に否定するだろうが、それを感情的に否定する当人が、それをとっくにクリア済だというわけじゃない、下位の業がクリアできていないまま、上位の業に首を突っ込んだところで、それはモグリでしかない。
各位の業(カルマ)を償却すれば、たしかに身分は上がるけれど、各位の業を償却するって、ふつうタダゴトじゃないぜ、下着をひん剥かれて「キラキラ」、みぞおちにケリが飛んできて「キラキラ」ってことだぞ、男なら「この人が女の下着をひん剥いてみぞおちにケリを入れているところは何かキラキラしているな」と見える人ってことだぞ、ふつうに考えればもう入口から「ありえん!!」のだ。
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