☆いい女☆で行こう!

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アカンアカンそれはマジにあかん
れとしてはハッピーな発見が得られているのに、世間ではまったく逆の槍玉とさらし首で、逆方向に進んでいくなあ、もうおれのささやかな抵抗では何の効力もなさないぜ。
「リベンジ」ってあっさり言うけれど、リベンジって「復讐」でっせ、「報復」でっせ、つまり「怨恨」の感情を認めているってこった/じゃあどこで「怨恨」を覚えたかというと、当然記憶にあるだろう、「我慢」したときだ。
「我慢」というのは、何度もしつこく言うように、ひとつの悪魔だ、アートマ・マーラ(我慢)という、「ガマンガマン」というのが実は悪魔への帰依で、悪魔に覚醒の酒を注いでいる、その悪魔が「怨恨」という確信の力を帯びて人を絶対の「復讐」「報復」に駆り立てているのが見えないか、こんなミエミエのことがどうして見えないのだあああ。
人間の体内に「我慢の鬼」が育ち、それが「復讐の鬼」に転じることがわからないか、「ガマン」が「リベンジ」になって、まもなく無数のリベンジが集合して悪魔の「アベンジ」を形成するということがどーーーしてわからんのだ、これ以上ミエミエの状況はないぞ。

一人の女性の我慢(アートマ・マーラ)を弱体化させるのにも、どれだけ苦労するか、どれだけエネルギーとリスクを掛けねばならないものか、ちょっとは想像してくれ〜と言いたくなる/そこにおめぇ、集団でマーラに大五郎をガンガン注ぐみたいなことはやめろ、そんなもん沈静が追いつくわけがないじゃねえか。
いま世間では、Metoo運動が活性化しているが、それはあくまでセクハラを受けたというMetooに限定されていて、「わたしはこの男の人に救われました」のMetooは存在しない。
つまり、このセクハラ被害限定の女性たちのMetooは、男性たちに向けて、セクハラ加害の「Youtoo」を突きつけていることになる、それが本意だということぐらいさすがに誰だってわかるだろう。
女性にはセクハラ被害の「Metoo」が与えられ、男性にはセクハラ加害の「Youtoo」が与えられる、こんな中でオメエ若い連中に「恋あいしろ」「結婚しろ」「草食系はディス」「経済力が重要」とか、シッチャカメッチャカを強要するつもりなのか、これはあきまへんて、実際に「レイプされた苦しみを逃れたい」といって相談というか必死の対話が持ち込まれてくるのは僕のところになのだが、オメェこれどうする気なんだよ、一緒になって性暴力男を非難するのは簡単だが、当人は「男の人を愛せるようになりたい、男を愛せる女に戻りたい」と泣くほど健気なんだぞ、コイツには女の味方もいないんだ、「同情されたいわけではなくて」、コイツはヒサンな顔をしているがそれでも「復讐の鬼」になって人生をフイにしたくはないと言っている、コイツはまだこころの底から明るく笑うことを諦めたくはないと言っている。

あなたは果たして、誰かの何かを愛していたのだろうか?

僕は男性なので、はっきりわかることがある、あなた(女性)が僕を愛さないかぎり、僕は存在しているだけで加害者であり、存在しているだけで性暴力だ/あなたは女なのだから、僕を愛していないかぎり、僕に近寄ってきてはならない(当たり前)、たとえ僕があなたの身を励まし、胴体に健康と賦活を与え、知恵と気力によって未来を拓き、叡智によってめざましい「世界」を見せたとしても、あなたは「それが欲しいから」という自己愛で僕に寄ってきてはならない、いいものがもらえるからという理由で寄ってくるなら野良犬やサルと同じだ、あなたから与えたいというのでなければ男のところになんか近寄ってはならない(男女を逆転させても同じだ、僕は自分から与えたいということがないなら女には近寄らない)。
性暴力者・セクハラ男のリストがあったら、僕はその筆頭として自らを記名したい、女に軽蔑され忌避されることには慣れているので、今さらそんなことはどうでもいいのだ、ただ今もなお「男の人を愛したいの」という女もわずかながらいるのだ、彼女らにすべての抜け道を断つのはやめろ/どうかこの一点だけを可能性として考慮してくれ、僕が石を投げつけられても僕はヘッチャラだが、僕を愛してくれている女が泣くのだ、そりゃあなただって「全身全霊をなげうってわたしを救ってくれたあの人に、世間の女が無限に石を投げてリベンジしている」というのをえんえん目撃し続けたら泣くと思うよ。
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