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「おかげのかたまり」理論
てそんなどーでもいい話より、もっとステキな話があるのだ。
「わたし」というのは、心臓の内の極小点にあって、それ以外のすべてのものは「おかげ」だ、「おかげ」のかたまり。
「わたし」というのは、何もパワーアップしないし、どこかに行ったりもしない、すべての始まりの極小点だが(という言い方を前にしたよな?)、その他のすべては何ぞの「おかげ」だ。
「おかげさま」という言い方は好きじゃないし、うさんくさいのでナシだ、わたしというのはすべての始まりで不変の心臓極小点、その他のすべては「おかげ」だ、何のおかげかといって、ざっくりと「天地のおかげ」としておけば誰にとっても間違いではない。

高次元で考えると、すべての「おかげ」は「タメニ」とつながっており、能動側が「タメニ」、受動側が「おかげ」なのだが、まあそのことはいずれ後にわかればいいだけの付け足しだ、重要なことは極小点を除いては全部が「おかげ」だということ(いい話だなあ)。
ただし、この「おかげ」というのは、「わたし」が正しく心臓の極小点、少なくともその近傍に収まっていないといけない、そうでないと「わたし」が行方不明になる/「わたし」が行方不明になると、どうなるか? なぜか「すべてはわたしのおかげ」になってしまう、まあそれもいずれ話そう。
われわれが作物を食えるのは畑のおかげだし、畑に作物が生るのは土のおかげだし、じゃあ土は何のおかげかというと、よくわからんがだいたい「天地のおかげ」で合っているだろう、そりゃ誰が考えたってアタリマエだ、そうして考えてゆくと、「わたし」というのは「天地のおかげ」で万物を恵まれている存在だというのかよくよくわかる。
物理に偏りたい人は、宇宙の創生期に光と重さに分かれて以来だと捉えればいいが、光と重さに分かれて以来なら「天地」と言っているのと同じだ、とにかく自分の全身にしたって天地の「おかげ」から成り立っており、「わたし」自身の「おかげ」というものは何一つない、これですべての具合の悪いやつが解決するのだ。

極小点と、その他は「おかげ」のかたまり。

「なんで? あなたのおかげじゃん」「実はあの人のおかげなの」「あのときの誰かのおかげでね〜」と、口に出して言ってみよう、するとなぜかスッキリと言えないということがあるはずだ、われわれがいかに「おかげ」ということから離れてしまっているかよくわかる/頭で考えたらどう見ても「おかげ」なのに、そのことになぜか納得しきらず不快感ボンバーが生成する、という現象があるのだ。
まあ何はともあれ、「こんなもん、すべてが『おかげ』のかたまりですやん」と言っておけば間違いない、そのほうが理に適っているからいくらでもオカゲオカゲと言っておけばいいのだ、その「おかげ」というのにモヤモヤと不快感や不納得感が伴うなら、必ず「わたし」を見失っている/いやあそれにしてもいい話だ、極小点とその他はすべて「おかげ」のかたまりだ、これほど間違いようのない理論もないだろう。
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