☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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おれは人間だ
の他、報告すべき、いい話がいくつもあるのだが……
さしあたり、「おれは人間だ」と宣言しておきたい、なんだこの宣言はという話だが、「おれは身が滅ぶまで心臓(ハート)に住み続ける」と宣言しておこう、ここから下に行くのはいやだし、上にいくのもいやだ、「おれ」はここにいる、ここにいる以上に、一ミリも一ナノも上下には動かない。
おれの功夫(クンフー)を食らってみるかい? といって、ちょっとやらせてみると、習ったこともないのにちょっとマジっぽいのがさすがおれだ、功夫には心臓不動の原理なんてものがあるのだろうか、あるのかもしれないな、まあどうでもいいが功夫というのはまさに人間の戦いだ(暴力ではない)。
おれは上にはいかないし、下にも落ちない、ずっとこのままだ、身は上昇するが「おれ」はここだ、けっきょくおれがスピリチュアルうんぬんと決定的に違うのはここだ、スピリチュアルうんぬん方面もやれと言われたらできるが、やらない、「おれ」はずっとここに居続ける/おれは人間なので、人間の叫びを発し続ける、そういえばそもそもこんなに叫びまくるやつにスピリチュアルうんぬんはねえよな。

明鏡止水ということはわかりやすい、辞書で調べたら誰でも「なるほど」とわかる、東洋人なら誰でもわかりそうな概念だし、天上人を目指すのなら、明鏡止水に月が映る、ということだけを追求していけばいいだろう。
でもおれは違う、ここはさすがおれ、おれにしか気づかないようなことをブッこんでやろう、なぜおれが一ナノも上に行かないし、下にも落ちないのか、それは明鏡止水にヒントがある、ふつうの人が気づかないことだ、こころの鏡は上下を映していて、明鏡止水の上面には月が映る、だが下面には実は地の底のデーモンが映る。
両方が等分に映るから、おれは上にも下にもいかない、上下しない人間がおそらく一番強い(厳密にやれたら実はハチャメチャに強い)、天上の月と地の底のデーモンが無限薄面で向き合うときがエネルギーの最大になる、人間が持つ他の動物とは異なるエネルギーの爆発がこれだ、膨らまず先鋭するという能力、デカい掛け算をするだけでなく極小で割り算をするという能力。
人間以上のものになるのなんて、人間の身が滅びてからで十分だ、直立歩行しているくせに獣ぶったりするのも実にくだらん、おれは人間から一ナノも動かん/人間のままでも天上の光や地の底のデーモンにつながることはできるわな、おれが天上に行くのも地の底にいくのもまっぴらだ、天上やら地の底のモンがこっちに同時に力を貸せ、おれは一ナノも上下しない人間だ。

身分にはえげつない格差があるが、それぞれの「わたし」には一ナノも上下差はない。

ハイレベルな「身」というのはあるのだが、ハイレベルな「わたし」というのはないのだ、仮にハイレベルな「わたし」というのも実現はできるのだが、それは究極的にはニセモノになる、僕はたまにネタみたいに「霊視」したりアカシックレコードにアクセスしたりしているが、そのたびに「こんなもん役に立たん」と必ず言うのはそれだ、人間が人間以上のものぶるのは究極「ニセ」のつまらんものにしかならないのだ、たとえどれだけ超能力風味のことができてもだ。
ニセになるというか、正確に言うと「サブ」にしかならんのだ、人間なのだからメインは人間にしかならん、人間の「わたし」はあくまで心臓、ハートのもの、どれだけ優秀でどんな超能力があろうが、人間の本分は「愛」だ、人間のカルマ(識)における失敗が「差別」であり、償却の成功が「愛」なのだ、どれだけ上に階層があったとしても、それは人間の身の本意じゃないからほっとけ、上層や下層も「掴む」べきものだが、そこにわたしが「行く」ものじゃない。
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