☆いい女☆で行こう!

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「わたし」が迷子になる6パターン

間の「わたし」は、心臓に住んでいる、これが本拠地ということはもう変えられないので、その他に移り住んだフリをしてみても、それは「サブ」にしかならない、本拠地を追い出されたとしても行く先は「サブ」にしかならないのだ。
幼い頃、「愛」がうまくいかない場合、愛はネガティブ化した「自愛(自己愛)」に変貌し、苦しくなる、そこで心臓にいた「わたし」はどこか別の場所へ逃げようとする/上に逃げると喉に至り、下に逃げるとみぞおちに至る(なんじゃこの話だが聞き流せ)。
喉に逃げ込むと、そこは文化的なエリアだが、メインとはつながっていないので「サブカル」になる、あるいは「のど自慢」にわかりやすい「自慢」になる、一方下に逃げ込んだ者は「ガッツ」になる、スポーツマンになったりやたら前向きなガリ勉になったりする、こちらは「自負」を形成する。
その先、もちろんサブカル自慢方面も、そこに耽っているには限界があるし、のど自慢もえんえん続けていられないだろう、さらに上方向、次のエリアに逃げると額(ひたい)になる、額は知恵の場所だがメインとつながっていないので、「頭でっかち」になる、おうおうにして自分の思考で「自滅」する。

自滅していられないので、額からも逃げるとなると、今度はもう頭頂部になる、頭頂部は「叡智」のポジションだが、メインとつながっていない叡智はどうなる? よく知られているように「電波」になる、上に逃げ込んだ人の行き着く先はこの電波になる、たいていカルト宗教うんぬんに取り込まれる、これは「自失」の状態と言える。
一方、ガッツに逃げ込んだ人はどうなるか、加齢と共に、どこかでガッツだけではやっていけなくなる、その先は下腹部に逃げるしかないのだが、下腹部は「怒り」だ、憎悪や頑固さ、怨恨、「許せなさ」や、自分の意志の暴力的断行につながり、つまり「自説」の徒になる。
下腹部の自説マンが、うまくやっていけなくなったら、今度はもう胴体の最下部、女性でいえばヴァギナにあたる部分に逃げ込むしかない、こうなると男女共ドスケベしか頭にないという状態になるが、メインとつながっているわけではない、だから「自慰」になる、たとえ相手がいても互いに濃厚な自慰に相手を使っているという状態になる、そのことへの依存はもちろん愛とはまったく異なる。

[天]自失←自滅←自慢←自愛→自負→自説→自慰[地]

自己愛しか湧いてこない心臓に嫌気がさした「わたし」は、やれガッツに移り住んでみたり、サブカルに移り住んでみたり、その後は力関係の世界に住んでみたり、屁理屈の世界に住んでみたりしたのだ、けれど、どれもこれも「わたし」そのものにはならなかった、わたしの「こだわり」を移しただけで、どれも「わたし」そのものではない。
人間の「わたし」が、もともと心臓に住む以上、もしその他のすべてを掴んだとしても、本分は愛(豊かさ)にしかありえない、どこか別の世界へ移り住んだつもりにしてもダメなのだ、自愛マンがイヤだから自負マン、あるいは自慢マン、また自説マンや自慰マン、自滅マンや自失マンになってみたって、そこに本当の「わたし」はない、サブのわたしがデカい面をしているだけだ、メインが自愛に陥ったままその他をどう努力してもその全身は決して天地のおかげと接合しない/せめて「誰のことも愛せない」と泣くなら、それはトラブルではあるが迷子ではない。

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