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身分学、新発見(円満法)

いうわけでだな、幸福な話だ、最近ウダウダ言っている「身分」うんぬんについて、より穏健な方法が見つかった、それは「円満法」と呼ぶのがふさわしい。
以前から言っていた、第一層から第七層まで、地→天のエネルギーでブチ抜くという方法は、原理的には正しいが、いきなり胴体最下部のセックスから直撃するのもあって、いくらなんでもムリっすということがあった、実際その方法を強行してもクンダリーニ症候群と呼ばれる心身へのリスクがあるので現実的ではなかった/このリスキーな方法は「円満法」と比較すると「ブチ抜き法」と呼ぶのがふさわしいだろう、もちろん成功すれば最短でイケるわけだが、何の下地もなしにそれはムリでっせというのが今のところの回答。
一方「円満法」は、呼んで字のごとく、胸の中央、心臓にある「わたし」を中心に、円を描いていくように考える、この円がバランスよく満たされていくように開拓していきましょーということなので、まさに円満法と呼ぶのがふさわしいわけだ。
胸を中心(原点)にして、第一円が「喉」と「みぞおち」、第二円が「額」と「下腹」、第三円が「頭頂」と「ヴァギナ部」(男性でも同じ)となる、これらはふつう、第二円までしかアプローチしなくてよろしい、第三円にまでアプローチするのは基本的に奇人だ、こんなネタはあくまで健全さをベースにできれば十分というものだ。

どのように考えればいいか? まず、たとえば赤子は、生まれてすぐにでも、やはり母親から愛されているかどうかを敏感に感じ取るだろう、まあ母親に限ったわけではないが、嬰児は第一に「愛があるか、ないか」ということだけを感じ取っている、愛がないと「イヤ」「さびしい」(こわい)ということで泣くのが嬰児だ、これが[原点/わたし]となる。
嬰児が幼児になっていくと、幼児は「よく食べるね!」ということのよろこびとエネルギーを覚える、それと同時期、たとえば「アンパンマン」を見て、何かが「面白い」というエネルギーを覚える、これが[第一円]となる。
幼児が児童になってくると、学校に行くようになり、「知恵」を学び始める、それと同時期、少年マンガで「意志」や「正義」を学ぶようになる、これが[第二円]となる、これらのエネルギーが、心臓部にある[原点/わたし]に流れ込み、[原点/わたし]の強さが鍛えられ、レベルアップしなくてはならない。
[原点/わたし]がレベルアップすると、今度は再び第一円、部活動で「根性だ! ガッツだ!」ということを学び始める、それと同時期、ジョークやユーモア、お笑いや演劇の面白さを学び始める、こうして原点Lv1→第一円Lv1→第二円Lv1、原点Lv2→第一円Lv2→第二円Lv2と進んでいく、バランスが重要だ、上下ともバランスよく満たされて「円満」にならないと、エネルギーの流れ込む先が心臓部にならず、「わたし」の居場所がズレていってしまう、「わたし」が心臓部から出奔してしまって間違った場所にこびりついてしまうのだ。

円満法、「ガッツにはユーモアがついてこないと円満じゃない」、「意志には知恵がついてこないと円満じゃない」。

このとおり、「ガッツとユーモア」「意志と知恵」とバランスを表示してみると、確かにこれがバランスしていないと「円満じゃない」ということが直観的にもわかる、たとえば思春期にガッツに偏りすぎた人はユーモアを取りこぼしただろうし、思春期にサブカルに偏りすぎた人はガッツを取りこぼしたはずだ。
学生時代にお勉強に偏りすぎた人は、後に意志が持てず指示待ち人間になってしまっただろうし、そのころオラついていた人は、後にハードカバーの本に何が書いてあるかさっぱり読めなくなってしまったはずだ、そしてそうして偏ってしまった人は、いつからか「わたし」がよくわからなくなっていったはずだ、特に喜怒哀楽が「わたし」から剥離してしまうことが多い。

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