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身分学、新発見(円満法)2

ろ、ためしに作図してみたらヘタクソな上に典型的にヤベーやつの図になったぞ! もうこんな話はしたくないでござる。
ど真ん中にあるのが[原点/わたし]で、あ、本当は[原点/わたし]はもっと小さいよ、極小点だからね。
まあ、原点を中心に、第一円、第二円と、円満に、上層下層の両方をバランスよく開拓していく、第三円は……ヤバめだから後回しにしよう、というところだ、いちおう図としてはわかりやすいだろう(ガンバって作ったのでバカにしないように)。
バチバチつりあい鏡平面って何やねんという話だが、もうそのことは気にすんな、ここでつりあって上にも行かんし下にも行かんから人間のシャウトが出るんだろYeahhhhhhということだ、明鏡止水には上面と下面があって、上面には天の光が映るが下面には地の底のデーモンが映る、そこでバッチバチだ。

第一円をバランスよく鍛える、開発する、たとえば五時間ぐらいマラソンする人は五時間ぐらい志の輔の落語を聞くほうが「わたし」イコール「ハート」が発達してくれる、そこのバランスを失ってひたすら走ると「わたし」は成長せずただのガッツマンになってしまう/まあガッツマンになりたいのならそれでかまわんが、しかしハートスカスカのガッツだけマンというのはぼちぼちキツイぜ。
第二円をバランスよく鍛える、開発するということは、たとえば学会での発表で割と注目を集めているが、同時に峠攻めでスカGのタイヤをズキャキャキャと鳴らすのが日常でもあるというほうが、「ハート」は発達してくれるということ、研究室だけにいると人と付き合えないアレな学者さんになるし、峠だけ攻めていてもやはり人と付き合えないアレな走り屋さんになる。
第三円は、スケベと叡智というド反対のことにバランスを実現せねばならないのだが、このことはおそらく、内側の円が相当程度育っていないとまずムリだ、別にセックスするなということではないが、セックスの特殊な体験が自分の行く先を切り拓いてくれるということはまったく起こらないので、その点については諦めること/叡智なしにハードセックスを重ねてもそれは本当に単純な「バカ」になります、特に女性は(ひどくすると回復不能になることもある)。
なぜ第一円、第二円と鍛えてきて、第三円まで鍛えなきゃいかんのかというと、第三円まで鍛えて、できれば「天地」と合一したいからだ、天地と合一するとか言い出すといかにもイタい方面から悪手を求められそうではあるが、僕の唱えるところはそういうことではない、僕の唱えるところでは「天地と合一する」ということは「人そのものになる」(ハートに踏みとどまり続ける)ということだ/そっちのほうがはるかに難しくてロマンがあるんだよ、実のところ天の光に飛んでいったり地の底に落ちていったりとかはそんなに難しくないのだ、そんなカンタンにできてしまうスピリチュアルごっこに大人が首を突っ込んでいられるかよ。

瞑想で「天」や「地の底」に触れるのはカンタンだ、そうじゃなくて、「人」のまま「天」と「地の底」に同時に触れ続け、そのまま走り回っていられるか、という話だ。

最近は瞑想とか流行っているらしいけれどね、僕の勝手な趣味を言わせてもらうと、瞑想で「高い次元に引き上げられていく〜」みたいなことは、カンタンなんだ、そりゃ誰でもそうなるんだよつまらん(言い過ぎ)、そうじゃなくて厳密に「人」の次元に踏みとどまり続けること、その上で高い次元にも低い次元にも接続するということ、「引き上げられていく〜」ではなくて、「こっちに引きずりこんでやる、来いコラァ」ということだ、天の光を引き込むにはデーモンの力だって使うし、デーモンを引き込むには天の光だって使うぞオラァというようなことだ。
僕は正直、そっち方面にはまったく詳しくなくて、すべて僕自身の体験と体感から話している、その僕から余計な意見を差出口するが、「高い次元に引き上げられていく〜」的なことは、一見それっぽいけれど、よくよく後に見ると「自分が行方不明になっただけ」だと気づくと思うぞ/人間の「わたし」はハートにある、人の身が滅ぶときまでそこを動くな、最後までその位を務めるのが人の道だと僕は思っている。
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