☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 射精する役と、射精させる役 | TOP | LGBTについてはまったくわからん >>
射精する役と、射精させる役2
は、「ガマン」と「サービス」は、対極の精神から発生しており、これが人の行き先を光と闇に振り分けているのだが……
「ガマン」というのは「アートマ・マーラ」という悪魔のことで、「サービス」というのは実は「礼拝」という意味でもあるからね、辞書を調べればわかるが、悪魔と礼拝だと精神がまるで逆でしょ/まあそんなことはいいや。
「射精する役」と「射精させる役」、このことをあなたが言おうとすると、射精「される」役、とあなたは言い間違えるかもしれない。
人によっては、実感は、射精「される」役かもしれないが、正しくは「させる」役だ、実感が異なるのは人によってそれぞれやっていることの実際が違うからにすぎない、つまりサービスがさかんな人は射精「させる」役だが、内心にガマンがある人は射精「される」役になっているはずだ、僕は「ガマン」に寄与することは一切取り扱わない。

男が射精に向けて高まるとき、女からは「この人は自分にはないものがある」「自分にはない世界を持っている」ということに、どうしてもなるのだが、このことがうまく成立するのに、一番ありふれた例が「家」だ、女性は男性よりはるかに「家」のことを大事にする(家系という意味ではなく、ハウス、衣食し、住むところの家として)。
女性が「家」という世界を掴んでいるとき、男性が男性にしかない「射精する」という世界に行くとしても、「まあ別にかまわない」「いってらっしゃい」となりやすい、わかりやすくいうと女性には射精の代わりに「家」があるのだ、だから男性が射精にこだわるのと同次元で、女性は「家」に強いこだわりを持つことが多い。
ここは別に、射精だの家だのと、ありふれているものに限定することはないのだ、どんなものでも「世界」を掴めばいい、自分の掴んでいる世界なんてたくさんあるほうがいいに決まっているのだから/そして射精にせよ家にせよその他にせよ、その世界を掴めている人は、それを掴めはしない人に比べて特権があることを認めねばならない、ここを平等主義でごり押しすることはけっきょく不毛だろう。
男性が射精に向けて高まるとき、男性は射精の世界に行ってしまう、それは女性が入ることのできない世界だ、そのとき自分の行く世界がないと、置き去りにされるので「うわっ」となる、イヤな気持ちが荒れてゆくのだ、このイヤな気持ちは根源的に男性の射精世界を否定するほうへ傾いていく/射精という機能と行為そのものが「サイテー」「サイアク」に感じられてくるのだ、自分だけ置き去りにされて他のみんなだけ楽しい世界に行ってしまってずるい、というような怨恨の感情が湧いてきてしまう。

射精で荒れる女は、部屋が汚い。

自分の部屋をひとつの「世界」にできないので、部屋は汚くなる、こういう女性はたいてい外に自分の世界を獲得しようとガンバっているものだが、それがなかなか得られないという場合も多い/この中でセックスをすると、男は射精の世界を明らかにするが、女はそのとき「また自分だけ何もないところに置き去りにされる」「ずるい」「自分だけ犠牲者」と感じて荒れ始める、ただしこの感情は奥の層で生じているので、ふつうの感覚レベルではまず精細に読み取ることはできない(読み取りはできないが、気持ちが「荒れる」ということだけ起こる)。
音楽でも絵画でも、小説でも射精でもそうなのだが、優れた者がその営みに本腰を入れた瞬間、そこに多彩でうらやましいほどの「世界」が本当にあることが見えてしまう、それが見えた瞬間、自分の「世界」を掴んでいない人は、荒れ始めるのだ、それは「さびしい」という、実は激烈な感情で、この感情がある以上、どう取り繕っても真に穏やかになることはできない。
えっちはいいよな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |