☆いい女☆で行こう!

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サービス精神とガマン精神3

れわれが、明るさを覚える声。
それはすべて、サービス精神から発されている。
サービス精神を帯びた声のみ、明るいと聞こえて、われわれを助ける。
ごくたまに、無条件に気分のいい声を向けてくれる、居酒屋のおばちゃんなどがいる、あれは「サービス精神」だ、サービス精神のカタマリだから、身からそういう声が出る/そのよろこばしいものを、横柄に評価しながら、われわれの未来は、それとはまったく逆方向に進んでいる。

僕の知る限り、悪意をもって生きてきた人など、ほとんどいなかった。
まして、僕のことを慕ってくれて、友人であろうとしてくれる人たちが、悪意に満ちていたりするわけがない。
けれども、善意も悪意も関係なく、と結論を示さねばならない、人はサービス精神を遠ざけられたとき、もう二度と明るい光の者にはなってゆけない/それはよくよく考えれば、「当たり前」のことではあったのだ。
今も巷には、正義の実現を為そうとする声があふれている、「女性にサービスをさせるのはセクハラという犯罪だ」「サービス残業に順応する者は社畜だ」、これらは今完全な正義として成り立ち、残っていたことごとくの「サービス」の道を埋め尽くすのに成功した。

「サービス精神」と書いた札を、あなたに突きつけてみよう、するとあなたは、ロザリオを突きつけられた吸血鬼のように激昂する。

経験に立って、事実だけをお伝えする、僕のことを慕い、何なら僕のことを愛し、尊敬し、尊崇し、カミサマみたいだとまで言う人でさえ、「サービス精神」という札を突きつけられると、その札の前には拒絶を起こした、キモチの問題ではなく魂の問題だ、魂がすでに「サービス」という精神を受け付けない。
わかりやすく言う必要があるね、「サービス精神が正解だったの」、礼拝のことをserviceという、のじゃなくて、サービス精神がわれわれのリアルな礼拝だったということだ、カミサマに目を掛けてもらう唯一の方法がそれだった、われわれが投げ捨てて唾を吐いたものがそれだったのだ。

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