☆いい女☆で行こう!

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サービス精神とガマン精神4

「礼拝」の具体的なやり方は前に示した。
胸にピタッとつけて合掌し、こころに収まりきらない「身に余る」ものを、カミサマにお返しする、こころの過剰をガス抜きして破裂を防ぐ、そのために合掌という印を結ぶのだと言った。
礼拝の本質がそれなら、別に合掌を使わずとも同じ、特に「声」もそれだけで礼拝の力を持ちうる/「勤行」のこともserviceという。
だから、青空の下、もしその好天の光が「身に余るほど」と感じられたら、身に余るものはカミサマにお返しする、そのために「なんていい天気だ!」と声を発する、サービス精神に満ちた者は、その一声でさえ礼拝そのものになるのだ。

この数年間、僕が最も多く人に向けてきたのは、おそらくその「声」だっただろう、文章を通してさえその本質は「声」だ。
こんなことを自分で言うのはまったく好かないが、この際はもうごまかしている権利さえなくなった、僕はなんとか、僕を慕ってくれる人を笑わせ、頼ってくる人をひらめかせようと、精一杯の声を使ってきたのだ、それ以外は何も考えていなかった、その結果だ、チャクラと呼ばれるらしいものがぶち抜き開通して、「天地」のエネルギーまで直接使えるようになったのは/こんな馬鹿げた状態を、僕自身が志向したわけではまったくなかった。
僕がますます「声」を向けるようになると、全員が固まり、少なからぬ人が恐慌し、人によっては「あなたが視界にいるだけで倒れそうになる」と、直視さえできないようになった、全員が僕の声を聴きたがってくれて、僕はいくらでもどうぞと大きく笑う、しかしそれを続けていくと、みんな次々に倒れていくのだ。
「サービス精神」と「ガマン精神」、こんなくだらないことの二分化が、人の魂を決定していた、これまでガマンを重ねてきた善人の人は、何のガマンもないサービス精神のカタマリである僕の声を受けて、それが直撃して流入すると、魂がでんぐりがえって倒れるのだった、身体が震えてものが言えなくなる人も出てくる。

結論できる、「サービスがカルマを償却し、ガマンがカルマを焦げ付かせる」。

また、身分の低い者が、あやまって身分の高い者からサービスを受けると、カルマは「増大」する。
だから、サーピス精神のカタマリになれない者は、1.カルマ償却の方法が断たれる、2.サービスを「受ける」しかできなくなり、カルマが増大する、3.サービスに努力しようとしても「ガマン」にすりかわり、カルマは固く焦げつく、という悪循環に陥る/ときにこの悪循環は加速度的に進行し、大クラッシュをもたらすこともある。

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