☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< サービス精神とガマン精神4 | TOP | サービス精神とガマン精神6 >>
サービス精神とガマン精神5

論から言うと、僕にサービス精神を向けてきた人は少なかった。
一方、僕がサービス精神を向けた人は、多数あり、多数というか、ほぼ全員がサービス精神を向けられてきたはずだ、ごく例外を除いては/僕にはそれしかやり方がないので、サービス精神を向けるか、そうでなければ「無視」するようになっていたはずだ。
初めから僕に、サービス精神を向けてきてくれた人は、正直なところ、「何事もなく」うまくいった、ひたすらすてきな時間だけが流れたと思う、たとえ一度きりでも、そのすてきな時間は決して消えないものになった。
一方、サービス精神に縁遠かった人は、一方的に僕からのサービスを受けることになった、僕はへっちゃらだったし、当人もごきげんだったが、やがてそれぞれの形で破綻していった、今は本当のことだけを直接述べるしかない、<<精神的なけいれんが起こり、誤ったほうへ飛び出していった>>、すると懲罰のように、身や立場に深刻なダメージが刻まれることになった。

僕が驚いたのは、それぞれが、何かしらの直観において、必ず「何かが耐えられない」という言い方を示したことだ、それも本当に、悲鳴の直前という様相で。
飛び出していった全員が、一様にそのように言い残すということは、本当にその「何かが耐えられない」という感触があるのだろう、本当はこんなに淡々と話せることではないのだが、この場合はこうレポートすることが誠実だと信じるしかない。
一度きり、この機会に、本当のことを話しておこう、その「何かが耐えられない」という直前に、僕の足元にすがりつく者、中には足の指にキスさせてほしいと懇願する者もいた、それはもう珍しくもないことになったと正直に言わねばならない/そしてその馬鹿げた緊急避難を実行した者は、確かに完全なクラッシュは免れることができた。
僕の側からは、そのとき何が起こっているのかわからないが、ただ「何かが耐えられない」ということが本当にあるらしく、足元にすがりついて緊急避難すると「何かが救われる」ということが本当にあるらしい、実際に繰り返される現象を認めないわけにもいかない/たぶんわれわれは、本当に「サービス精神」をナメすぎなのだ、たぶん「サービス精神」は業(カルマ)と業力のメカニズムに直接干渉している、実は一番えげつない営みだ。

宗教は持ち出さなくていい、スピリチュアルなんてゴミ箱に捨てろ、ただ「サービス精神」を光らせ続けろ、そのほうがはるかに正道をゆける。

一周して、これほど健全な話があるだろうか、「サービス精神」だ、それが実行できるかどうかは別にして、もし世の中のすべての人がサービス精神を土台に生きていたら、いったい何の揉め事があるだろう、そこに地獄に落ちそうな様相など醸成されようがない、すべての人はこころの底から笑っており、「屈託」など概念ごと消し飛んでしまっているはずだ。
サービス精神だ、このサービス精神というものは、常にガマン精神と対立して、その覇権を争っているということを覚えておかねばならない、われわれがサービス精神に困難をきたすときは、必ずこのガマン精神の専横が起こっているからだ。

正しく見ないとな | comments(1) |
コメント
謹んで。
朝からとんでもない叡智をありがとうございます!
2018/04/12 8:46 AM by メロン
コメントする










| /PAGES |