☆いい女☆で行こう!

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サービス精神とガマン精神9

ービスには方向性がある。
「手を合わせる」ということがあったとして、その合掌の向けられている先にある「対象」が方向性だ、手のひらと指先という具体を伴っている/この「対象」「方向性」を軽んじてはならない
もし、あなたが何かどこかの店長だったら、あなたは店員に向けて、「この店のサービス力を向上させましょう!」とは言えるはずだ。
けれども、「お客さまにサービスするんです!」とは、何か気分が悪くて言えないはずだ、「サービスする」というのはガマン精神にとっては「負け組のやらされること」なので、あなたはこの「サービス」を必ず「エセサービス」にねじ曲げるということをしなくてはならない。

前もって、「やめとき」とは申し上げておかねばならない、ガマン精神の徒が真サービスの実現に至ることは本当にない、それは魂がクラッシュしてしまうからだ。
「お客さまにサービスするんです!」というのは、明確に「お客さま」という対象と方向性を持ってしまっている、だからそれは本当のサービスになってしまう、この「負け組の営為」を、ガマン精神の徒は魂のレベルで受容できない/何もかもを破壊してでも拒絶する、自分の身さえということになるから、このことは前もって「やめとき」と言わねばならない。
だから、このサービスをエセサービスにすり替えるのに、「この店舗のサービス力を向上させる」として、対象と方向性の削除をする、あるいは内心で、「まあカネもらっているわけだし」と、「お客さま」ではなく「カネ」に奉仕するものとして、やはり対象と方向性の削除をする。
サービスには方向性がある、この方向性のことを軽んじるなかれ、あなたは「サービス精神」をいかにも持ちうるように自分では感じているが、そのサービス精神はどの対象や方向にも発動はされないので、ハリボテのエセサービス構造だ。

あなたは、サービスは許せるが、「この人にサービス」は許せない。

あなたの目の前に、あなたのきらいではない人、むしろあなたの好きな人を置いたとして、そのことをあなたはよろこぶはずが、「この人にサービス」ということを掲げてみると、途端にモヤモヤして、不快な(胸の)ムカツキが生じ、いっさい動けなくなるはずだ/そうして目の前に実際の対象と方向性を設置すると、「真サービス」が成り立ちうるが、それが真実のものであるがゆえに、ガマンの魂は恐慌的なほどの拒絶を示す、そしてそのときの拒絶は、「絶対的正義」の感触を帯びてもいる……無理をすると本当に嘔吐するので無理はするべきではない(嘔吐ではすまないこともある)。
目の前に人がいて、「この人にサービス」なんて、できる人はほとんどいないのだ、生涯そういう人には出会わないという可能性も有為にある/あなたはモヤモヤしてムカツキが生じ、固まって動けなくなるので、この場合彼からあなたを対象に真サービスを提供するしかなくなる、そうすると順調に回り出すので、それだけがあなたを「絶対的正義」の感触で満足させる……もしそのとき彼が真サービスを向けてこないならば、それは別に「何でもない」ことになり、まさに「何でもない」という低い評価のまま、片付けられて消え失せていくだろう。

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