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サービス精神とガマン精神10

なるサービス精神は、どのように成り立てばよいのか。
1.身分の高きと低きを、直截の感覚として知ること。
2.この直截の感覚は、「目に見えないが、何かが届いている」という感覚のみで捉えられる/この、上位から下位へ届けられている「目に見えないもの」の実体は「サービス」である。
3.「目に見えない何か」が届いているとき、下位者は胴体の徳性を解放する、解放は心臓を中心とした「叡知興豊活欲触」だが、詳細は割愛。

4.下位者は、胴体の徳性解放を得たとき、瞬間的にも「(この人の)おかげ」を感得する/ここで我慢(アートマ・マーラ)の徒は、徳性の解放は「根本的には自分のおかげ」と誤認する。
5.身分によって閉ざされていた徳性が上位者からのサービスで解放されることは、下位者にとって「身に余ること」となる。この「身に余る」ものを返納するのが、下位から上位への「サービス」となる。
6.上からのサービスが「目に見えない」一方、下からのサービスは「目に見える」ものになる。このサービスの出納は釣り合っており、むしろ下位者に有利なのだが、我慢の徒は「目に見える」ものしか見ていないので、下位者が不遇で上位者が不当に見える(「許せない」という感情が悪魔的に生じる)。
7.上から下へは、目に見えないサービスが「恵み」として降り注いでいる。下から上へは、目に見えるサービスが「奉仕」として献上されている。どちらもサービスだが、「サービス(恵):不可視」「サービス(奉):可視」に分類されてよい。さらに言えば「恵みをもたらすもの」は語源的に「Welcome」である。つまり上位者とはWelcome者である。

8.「Welcome者」がもたらす恵みに、「サービス」が献上されて釣り合う。それで英語圏では、サービスを献上した者が、謝辞に対して「You are Welcome者.」とカウンターする。

9.我慢の徒は、Welcome者が現れたとき、その歓迎の直覚を、「わたしの受け入れるこころが広いからだ」と誤認する。彼にとって「ウェルカム」は、歓迎の意を表せる自分の度量のアピールである。だから彼は来客時、自らの身をふんぞり返らせて「ウェルカーム!」と自己主張に言いたい。
10.われわれは、常に降り注ぐ恵みのサービスによってのみ生かされている。この恵みが断たれればわれわれの徳性はすべて閉ざされるだろう。この身に余る恵みを感得し、一定量のサービス(奉)を返納したときのみ[ただし方向性を軽んじるなかれ]、カルマは償却され、身分は上昇する。徳性の解放が起こる。下から上へのサービスは常に「目に見える」ものであることに留意せよ。

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