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サービス精神とガマン精神14

マンの精神からサービスの精神に、切り替えをしたい。
そのためには、もうこれは自明だ、自分は何を発言するべきか/「自分は二流です」と発言すればいい。
なぜ二流か、という、この理由も確然と把握する必要がある、なぜ二流かというと、「努力にガマンが要るんですよ」。
そしてもちろん、二流の立場から、一流の定義も確然と持て、「一流の人って、努力にガマンが要らないんですよ。だから当人は、努力しているつもりがまったくないんです」「二流は一流には勝てないですよ」。

このことが、「なるほど、理だ」と腑に落ちるまで、ガマン精神からサービス精神への切り替えは起こらない。
もともと二流が一流を身分詐称したところから「我慢」は始まっている、<<呪われた>>のだ、呪いというのはほとんどが口頭によって発生する、だから打ち消すために口頭で言わねばならない、「自分は二流です」、この口調になおわだかまりが残る者は、もうさすがに切り替えはあきらめるしかないだろう。
「努力にガマンが要るようでは二流だ」「一流は努力にガマンが要らないんですよ」、このことを僕が言っていてもしょうがない、あなたが言う必要があるのだ、これがあなたの身口意にならなければ、ガマンの精神は退陣しない/ただしガマンというのは本当に悪魔だから、この文言を身口意に持ち込もうとしたとき、すさまじいリアクションが起こる場合もあるので、そのときは無理をしないこと、何もかもが今すぐ片付くとは限らないので。
あなたがあなた自身に教えてやってくれ、自分を責めるのではなく理をよろこぶ穏やかな声で、<<うなずきながら>>、「自分は二流です」「努力にガマンが要るのだから二流ですよ」/……「二流は一流には勝てないですよ」と言おうとしたとき、あなたの身口意は曲がって暴れようとするかもしれない、そのときは「二流は一流には勝てないですよ、ジーザス!」と言おう、ジーザスの文言に後押しされてこのフレーズが言えるとしたら、それはすでにサービス(礼拝)が始まっているということだ(クリスチャンの前で濫用しないように)。

オーマイグッドネス、自分は二流です。

「オゥ、ジーザス、一流の人は、努力にガマンが要らないのです。まるで吸い込まれるように、何かに導かれているように、学門に呼ばれている者のように、何のガマンもなく没頭し、学んでは笑ってゆくのです。ハレルヤ!」、この言い方に「ガマン」は見られるだろうか、本当にガマンとサービス(礼拝)は反対の精神なのだ。
「自分は二流です」と、自分を責めるのじゃない、自分を責めていたらまた自分はガマンしているだろう、そうじゃなく/「南無〜、自分は二流です」「オーマイガッ、自分は二流です」「自分は二流です、アーメン」「自分は二流です、インシャラー」「オーマイグッドネス、自分は二流です」……なんとなく「オーマイゴッド」は使わないほうがいいな、内容がしょーもなさすぎるからな、「オーマイグッドネス」でいいんじゃないか、これは冗談で言っているのではなく、サービス(礼拝)とはまさにこのことなのだ(口頭でやる必要あり)。

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