☆いい女☆で行こう!

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サービス精神とガマン精神15(ちょおおおっと待てええええ)

ょおおおっと待てええええ、ここにきて急に気になったが、いつからか、もうけっこう前からだが、僕にこの入れ知恵をしているのは何者なんだ、なんかこのパターンは身に覚えがあるぞ、またおれの知らんことをいつのまにかおれに吹き込んでいるというパターンじゃないのかこれは。
ちょっとこれはいかんな、この先は軟化しまーす、僕の知らん情報が入ってくるのはかまわんが、随時書きながらではさすがに無責任になるぞ、知らんことを知らんまま書いていたら詩文になってしまう、今そういうジャンルで書いてないし。
さしあたり、ここまで書き話した、メソッドについてはまったく問題ない、「何か目に見えないサービスが恵みとして届いてまっせ、それに返報として目に見える形のサービスを奉りましょう、それがサービス精神です」という話だ、こんなわかりやすい話に問題なんかあってたまるか。
ガマンというのも確かにあって、その本質は慢心だから、「どこかで一流のふりしてきたからなあ」と肩の力を抜くことが、ガマン精神の方式をやめさせてくれるということ、これもわかりやすくていい/でもこの「ガマン」という奴は何かもっと現代において、別次元の事象を生じているくさいので、その部分はあまり深入りしないほうがいいのかもしれない、また何かわかったらそのときにはご報告します。

お互いサービス精神でいこうじゃないか/そのために、まず僕から言ってやる、僕は二流でいいし、三流、四流、あるいは元あったとおり「ゲジゲジ虫」でもまったくかまわないのだ、ただそれだとまわりの人が怯えるようになったのでやめただけで……いいじゃん二流で、二流でエッサホイサ楽しくやるほうが絶対いいよ、「熱い三流なら上等よ」と誰かが言っていた。
一流の世界がどんなものかは、僕なんぞには知りようがないが、いいじゃん、何しろ「ガマン」がやめられるんだぜ、ガマンがなくなれば本当に「サービス精神のカタマリ」でやれるんだ、そしたら自分の顔を見て声を聴いて、他の人がよろこんでくれる、まずそれでいいじゃないか、そのよろこびがドッカーンワイワイと、大きくあるほうがずっと豊かじゃないか。
確かに、僕の胴体というか「身」は、すでにこれまでの蓄積で、オモシロ機能がテンコモリになってしまったが、これだってけっきょく、何とかしていろんな人に笑ってもらおうとして、サービス精神の実現のためにこうなってしまったというだけだ、僕は何の神秘主義も信奉するつもりはない。
ハートが第一だよ、本当に、僕はそのことしか望んでいなくて、ただこのご時世ではメディア方面からもハートのすっぽぬけが感じられてくるから、そのカウンターメソッドを持ちたいというだけなんだ、どんどん遊ぼうぜ、まずハートを強くしておいたほうがこの先がどうなったとしても有利になるに決まっているんだからさ。

サービス精神があふれかえる世界に、文句をつける奴なんて一人もいない。

ただその実現が、なんか遠いなということで、「ガマン」をしていない? ということに目をつけねばならなかっただけだ、ガマンしてやっていたら実はサービスでも何でもないからさ。
片付けている食器棚が、どんがらがっしゃんと雪崩を起こしたら、場合によってはイラッとするじゃないか、でもそこで「ジーザス!」「南無三ー!」と言えたら、われわれはけっこう苦しまずに済むということ、真面目な宗教の人には怒られてしまうかもしれないけれど、そのとき実際にわれわれはちょっと救われるのだから、僕はそれが「礼拝」だと思う、この卑近な礼拝が「サービス精神」につながっていることには確信があるよ、卑近なのはわれわれのことだからしょうがないと大目に見てもらおう。

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