☆いい女☆で行こう!

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合理化のための、「基本姿勢」のすすめ
の胸に、女が頭(こうべ)をあずける/女が男を見上げて、二人は見つめ合う、これが「基本姿勢」になる。
この基本姿勢で、女は周囲の女から見て「あー、いいな」とうらやましく見えないといけない。
また、周囲の女も、そこに「あー、いいな」という明るい肯定と尊重、および自分は「控える」という慎ましさを持たねばならない。
男は周囲の男から見て、「やさしい奴だな」「おやさしい方だな」と見えなくてはいけないし、周囲の男も、そこに肯定と尊重、および自分は控えるという慎ましさを持たねばならない。

「基本姿勢」を取ったとき、何かがグチャっとなるのなら、もう何の意味もない、その手前までの立ち回りには何の意味もないのだ、残念ながら時間の無駄だというしかない。
男女とも、「基本姿勢」を取ったとき、まともな奴かどうかが暴露されるのだ、そこでウフフッとなる女には何の救いもないし、そこでキャラやマザコンが出てくる男にもやはり救いの可能性はない。
「基本姿勢」を取ったとき、その男女が、「性欲の合意」「自己陶酔の合意」をしたら、グチャっとなって、「それ見たことか」ということなのだ/どれだけその手前でまともぶった立ち回りをしていても、けっきょく「目も当てられん奴らじゃないか」ということがバレてしまう、これについての対策はもはや「嘆く」ということしか残されていない。
今さら言うようだが、われわれは誰しも男女なのだ、「基本姿勢」を取ったときに破綻するなら、それはまともな男とまともな女じゃないということだ、こんなわかりやすいことからいったい何年間、われわれは逃げ回っているか。

「基本姿勢」でグチャっとなるということは、「ママの胸元へお帰り」ということだ/当人も周囲もだ。

これは、マジにそうなのであって、しょうがないのだ、「基本姿勢」がサマにならない奴は、必ず「ママの胸元」に当てはめるのがしっくりくるのだ、誰だって他人事として想像を当てはめていけばわかる、いいか悪いかではなくただ「本当にそう」なのでしょうがない、僕は「基本姿勢」を標準にして差別化し、時間や判断のコスト削減をはかりたい。
ある人は、「基本姿勢」に当てはめると「こころ」に見え、「ママの胸元」に当てはめると「冗談」に見える、またある人は、「基本姿勢」に当てはめると「冗談」に見え、「ママの胸元」に当てはめると「こころ」に見える、どれだけ自負があって屈辱的に思えても、事実がそうだからしょうがないのだ/屈辱に震えているところを「僕の胸においで」とは言ってもらえず「ママの胸にお帰り」と言われてしまう、それが「合っている」ので、よもやプルプル震えようなところではない。
できるオンナだね | comments(0) |
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