☆いい女☆で行こう!

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合理化のための、「基本姿勢」のすすめ2

にでも性愛の機能はあって、その欲求もあり、そのことへの憧れもある。
だが、それに駆られて自失するとか、取り乱すとかいうのは、ただの醜態だ。
男の胸元に女が頭をあずけたとき、男は視野狭窄、女も視野狭窄、傍目には「オイオイ」という状態は、ロマンスでも何でもない、ただの「人面獣心」だ。
すごく当たり前のことを言うのだが、男の胸元に女が頭をあずけるという「基本姿勢」を取ったとき、男女なのだから「うつくしく」ないといけないのだ、それが醜くてどうする、そして本人の陶酔度が傍目からの醜悪度に比例するのは誰でもとっくに知っていることだ。

基本姿勢を取る手前で、どれだけご立派なことをのたまっていても意味がないのだ。
そして基本姿勢を取ったとき、「この方は、知性と愛に満ちた『人』」だ見えるか、「こいつは、アホで欲まみれの『獣』だ」と見えるか、単に真相が暴かれてしまうのだ/余計な時間が省かれていいじゃないか。
若年の男女は、誰だって未熟なのは当たり前だ、しかし未熟でも「筋がいい」「筋が悪い」ということはわかる、未熟だが筋のいい男女にわざわざ蔑視を向けるような心の狭い奴なんて狂人を除いては存在しない。
誰にだって性愛の欲求と焦がれがある、けれども、「それ以上」のものだってふつうあるだろ? 「基本姿勢」を取ると、「それ以上」のものを持っているかいないかがバレるのだ、この「基本姿勢」は本来ロザリオに彫り込んでも差し支えない像のはずだぜ。

大変厳しいことだが、「基本姿勢」でグチャっとなる者は、世界から嫌われている。

ただし、世間から嫌われているわけではないので、その点は安心していい、世間から嫌われるのは僕の側だ、とはいえずーっと世間の中にだけいて自分は世界には生きられないというのは、少々さびしいだろう、勇気をもってトライする、のではなくて、勇気をもって引き受けるべきだ(トライとかいうふざけた逃避はぜひやめよう)。
なんで世界に嫌われているんだろう? そのことは、疑問に思えるが、よくよく考えれば、疑問でも何でもなく、おおいに心当たりがあるはずだ、あなたが先に世界を嫌ったはずなので、やはり自業自得を引き受けるしかないのだった(間違っても「基本姿勢」が成り立つ人々に石を投げないように、それをやると後にとんでもないナゾダメージを受けるのが定番だから)。

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