☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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気分よくなるためのひとつのルール
れわれが必要としているのは、批評ではなく協力だ。
理由は明快で、われわれは人との協力なしには生きていけないからだ。
協力なしに生きていこうとなると、われわれの生はきわめて不利で、われわれがそうした不利に生き始めたときには、もう批評なんか交わし合っても何の救済にもならなくなる。
われわれが必要としているのは批評ではなく協力だ、だから人に協力したときは気分がいいし、人を批評したときは気分が悪い/いくら批評にテンションが上がったとしても、それが睡眠中に麗しい夢を見せてくれることは決していない。

たとえばインターネット上には、いろんなものの「レビュー」が掲載されているけれど、あれだって本当に「レビュアー」みたいなつもりになっていたら、自分は悦に入れたとしても、客観的に見れば気持ち悪いものだ。
レビューというのは、「これからこのたぐいの商品を選ぶ方へ、判断の目安に」ということで、協力の精神において示されるものだ、そのことに向けて端正にレビューが書かれてあったら、「どこの誰だか知らないが、わかりやすいわ、ありがとー」となる。
「批評」といって、社会的な地位に立脚した人の批評は、社会的に意味を為すが、一個人の批評というのは、あまり意味は為さない上に、何に対する協力にもならない/われわれはふつう、生きていくのに「協力」以外のことはしなくていいのだ、批評は偉い人がするものであって、批評をした人が偉い人になるわけではない。
われわれは、すべての人を好きになることはできないし、好きになれなければ、熱心で親しげな人にも「どこかへ行ってくれ」と望まざるをえないのが性分だ/しかしわれわれは唯一、好きではない人にも、「協力」はするべきというルールを背負っている、それは他ならぬわれわれ自身のセーフティネットだからだ。

好きなふりはやめる、協力は実行する。

僕はなるべく、駅前のビラ配りやティッシュ配りは、受け取ってやることにしている、バイトくんが早く帰宅できるようにだ/もちろん手元にビラは邪魔になるのだが、そんなものは連れに押しつければおれの手元はスッキリ快適になるので、おれはまったくかまわんのだ、こうして人は協力し合っている。
駅前でヘンな宗教団体や政治団体が活動しているときは、僕はそれに協力はしない、その活動そのものが彼ら自身をけっきょく益しているとは思えないからだ、彼らがさっさとあきらめてナイスな生き方に帰参することへ協力するために、僕は駅前の活動を冷淡に無視して署名はしない/われわれが本当に気分よくなれるかどうかは、ただ一点、「協力」を実行したか否かにかかっている、いくら好意や善意で糊塗したところでそれは本当の気分のよさをもたらしてはくれない。
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