☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< スーッと間合いを詰めていく前提 | TOP | 「わたしの生きた時間」が得られるわけではない >>
本当の問題は、致命的なほど「さびしい」ということ

動喫煙を減らして、LGBTへの差別をなくしても、われわれの未来が明るくなるわけではもちろんない。
男性のセクハラが減れば、被害者は当然減るわけだが、そのことが、女性に愛する男との出会いときずなを増やすわけではまったくない。
今、若い人の大半は、仕事は「ほどほど」で、余暇が大事、という考え方らしいが、そうして仕事に夢がないというのは、夢があることよりは不幸なことだと思う。
本当の問題は、きっと本当の友人や本当の恋人が得られないことだし、本当に朝まで語り合うことがないとか、本当に感動した映画や歌や音楽がないということだと思うが、この本当の問題はきっとヘヴィすぎ、もう誰も手が付けられないものになってしまった。

人間はそんなに甘くない。
本当の友人や本当の恋人、あるいは本当の青春といったものが与えられずに生きると、どれだけ受動喫煙が少なかったとしても、その人は必ず世の中を怨み、世の中を呪う。
夢のない仕事を、「ほどほど」にこなしたとして、余暇……といってもけっきょく、何にも没頭できなかった人は、「生まれてこなきゃよかった」と必ずこの世を憎悪する。
本当の問題は、致命的なほど「さびしい」ということだが、もうヘヴィすぎて手が付けられなくなってしまった/もし来世があるのだとしたら、わざわざこれからの日本に生まれてきたいとは望みがたい。

東京オリンピックに向けて、都内の喫煙エリアを減らしているが、もう東京オリンピックに雄叫びをあげる人がいない。

何もかも「ほどほど」で、もう何にも燃えられなくなったわけだが、それはきっと何かが間違っていたのだと思う、だけど「自分が間違っていた」と考える人は一人も出てこない。
1998年に、長野オリンピックがあったのだが、当時僕の友人はその観戦がどうしてもしたかったらしく、彼はそれだけの理由で長野の大学に入学した、全体的に笑ったが、「まあわかるわ」という向きもあった、また同時期の友人が、洋楽のライブに初めて行ったらしく、「三日経ったが、まったく身体から熱が抜けない」とのたうちまわっていた、どちらもそんなに熱い奴ではなかったのだが/彼らからタバコを取り上げてLGBTとポリコレの研修を受けさせても幸福には何も寄与しない、かといって本当の問題はヘヴィすぎて手が付けられなくて……今、致命的な「さびしさ」から目をそらすのは、それ自体が健康増進としてやむを得ないところもあるのかもしれなかった、それは本当に「致命的」だからだ。

視点変えてこ | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |