☆いい女☆で行こう!

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パーティ報告79(6)

っきょく、また、こうやってパーティで起こったことを書こうとしても、起こったことが多すぎて、書くのが追いつかんじゃないか!! もうテキトーに書いておしまいにしておこう。
「まともな男の胴体がそばにあれば、女がメロメロになるのは当たり前であって、このことはまだ色恋沙汰とは関係ない、ただの男女として当たり前アンド日常のことだ、ここでいちいちスケベごころを起こすやつは男も女もどうかしている」
「目の前のすべてに、無条件で情熱的であるべきだ、特別にイヤなものは退けてかまわんがね、それ以外のすべては基本的に無条件で情熱的に向かうしかない、そうでなきゃ万事『話にならん』のだよ!!」
「他のすべてのことに情熱的でないのに、目の前の女にだけ、あるいは男にだけ、急に『本気なんです!!』って、そんな偏りが認められるわけねーだろ、目の前のすべてに情熱的だから、目の前の異性にも情熱的であることが『そりゃそうよね』と認められるだけだ、そんなことにテクニックなんか存在しない」

「相手のことが『わかる』ということは、相手の感触を受けて、相手の身を通して『体験』することだ」と僕は言った。
するとある人が即座に、「あ、これは、ハイレベルなやつです」と言った、僕は「えっ、これってハイレベル?」と訊くと、「はい、ハイレベルです、フツーできないやつです」と明言されてしまった、僕は「うーん、ハイレベルなのか……」と今さら困惑した(アホか)。
たとえば、岡本太郎が、思いつめて暮らしたパリで、初めてピカソの絵に出くわしたとき、そこにどれほど壮絶で、絶望と希望にあふれる体験を得ただろう? そこで岡本太郎を通して<<わが身が震える>>ぐらいでなければ、われわれは岡本太郎という人のことを少しでも「わかった」「知った」とは言えない(そういうストーリーだったかはっきり覚えとらんが)。
そうして、誰かの身を通して己の身に体験するようでなければ、いったい人は何のために本を読み、何のために映画を観るんだ、「ベトナム戦争はつらい」という情報だけなら人工知能だって持っているだろうよ、だが人工知能がその苦しみや悲しさを体験することはないじゃないか、誰か人のことを「わかる」というのは、情報を把握する知能のはたらきじゃないんだよ、体験を分与で引き受ける知性のはたらきなんだ。

ベトナム戦争が客観的につらかったのは情報で誰でもわかる、だが主観的にどうつらかったのかは体験でないとわからない。

誰かと一緒に歩いていたとする、犬を連れていてもいい、すると犬はリードをぐいぐい引っ張る、その感触が「この犬」だ、そして男は空を見上げて歩いていて、女はブティックを覗き込んでいる、そのときそれぞれの、退屈そうな呼吸、あるいは弾む胸/人それぞれが主体的に「体験」をしている、その体験を己の身に分け持つようでなければ、だれか「人」のことをわかるようにはならない(目の前の犬のこともわからない)。
「僕なんか、目の前の人が持っている、当人では自覚しようのない菩提心にアクセスしようとすることが常の感覚なんだが」と言うと、一同は「レベル高すぎて草不可避www」ということだった、うーんしかし、ハイレベルかもしれんけれど、<<相手の身を通して体験分与を引き受け、その人のことが「わかる」ようになる>>というところぐらいまでは誰しも行こうや、そのためにはパーティ継続アンド新しい人も遊びに来てね〜♪ ということなのだった、うーんこんな勧誘じゃ誰も来ねえよ!! どうぞお越しください!!(脅迫)

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