☆いい女☆で行こう!

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「受け身」と「求め身」、および「与え身」2

の風が、ふと、まったく唐突にだ、とんでもないことをささやいていった。
<<この十年間、女性が創り出したものといえば、「炎上」しかない>>。
実際問題として、たとえば僕は女性youtuberの、誰を見て楽しめばいいのかというアテがまったくない、僕は女性がいかにも「媚び」を前向きに使用する風情を楽しめる性格をしていない。
まったく受け身でもなければ求め身でもないという、「与え身」の女性が具体的に誰かというと、僕はイッテQのイモトさんぐらいしか心当たりがない、僕はスピルバーグや宮崎駿のような存在を女性において未だ知らない。

「女性の活躍=炎上」というような、信じたくないような定義が、しかし無視できない説得力をもって垣間見える。
古代ギリシャのように、少年が自分の師たる青年に、親愛のあまりキスしてしまうというようなことも、あくまで神話につながった青年と少年の世界のことであって、そこに腐女子の影が立っていることはすべての汚損と破壊でしかない。
夜風がとんでもないことを教えていきやがった/女性が受け身なんてことはまったくなくて、今あるものは「求め身」でしかないということ、お気に召すものだけは受理してやってもよいが、そこに至らぬものは酷評して閉じるというのが、実際われわれに与えられている日常だ(この記事だって第一には酷評されるか否かという審判にしか晒されない、誰が「受け身」か)。
今、多くの女性から、「女の正しい身分を教えてほしい」と、僕自身乞われている、それについて正直、もう「見えてきている」のではあるのだ、ただその見えてきたものは想像を絶する/その中で女性はまったく不遇ではないのだが、ひたすら想像を絶するのだ、とてもじゃないがたどり着ける見込みはないように、ひとまず感じられてならない。

「受け身」は、実はとてつもなくハイレベルだ。

たっぷり審査して、たっぷり私好みに判断する、取捨選択して大半は酷評に突き落とす、そんなものは到底「受け身」とはいわない、「お任せします」というのは真に任せたのではなく「全責任はそちらにあってしくじりがあれば酷評して糾弾します」という覚悟をこちらに要請してくる態度だ/その糾弾を「我慢」したら「わたしが偉い」ということになるので、これはやはり受け身でも何でもない。
現在、女性が獲得した「求め身」に対して、僕は「与え身」で応えざるをえない、そしてそれは見事に適合するのだ、僕はそのことの訓練を積んできたから/そして僕が「与え身」を発揮したとき、それが自分の「求め身」に適合するのを受けて、そのたびに女性が深い恐怖を覚えていくのだ、つまり「受け身」になれない自分の身が、この人の「与え身」をすりきらすのをやめてくれないということに(このことは正確に定義して見つめなおす必要がある)。

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