☆いい女☆で行こう!

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「受け身」と「求め身」、および「与え身」4

に、「わたしは人間じゃなく、マンイーターなんで」と名乗って立てば、何かカッコイイし、割と全体が整合してしまうという事実がある。
ひょっとすると、善人と言い張って消費に生きるより、「マンイーターなんで」と堂々と引き受けて消費に生きたほうが、カルマ的にはマシかもしれないという見込みもある。
しかし、そんな餓鬼道まっしぐらは殺生でっせ、と嘆いて乞う、健気な向きの人もある、たしかに人間らしさの豊かさをすべて放棄してマンイーター道だけを何十年も往くというのは、それはそれでド根性が要る。
ただまあ、人間らしさのほうへ帰参するというのなら、これまでいくらでも機会はあったし、いくらでも時間はあったんだよな……せめて、自分で選んで突っ込んだマンイーター道だということぐらいは、引き受けないと、他人のせいにしていたらますますドエライことになってしまうだろう。

manをeatする人だからmaneaterだ、マンイーターが自然体でリラックスしていたら、それはナチュラルに人の魂を食らっているということだ、マンイーターのニュートラルとはそういうモンだ。
どうしてかね、人の魂が増すほうへ寄与するということが、これっぽっちもわからんか……といって、わからないからマンイーターなのだし、頭でわかっていても身は常に逆をやるからマンイーターということなのだった。
是正の可能性があるとしたら、やはり第一に、「受け身」という言い方をやめることだ、「受け身」というのが本来どれほど荘厳なことか、ここの認識が改まれば、少なくとも道筋は見えるかもしれない。
「受け身」というのは、相手の世界を受けられるということ、相手の意志を受けられるということだ、消費者とはまったく異なるじゃないか、なかなかそんな荘厳なことにはなれないものだ、われわれは相手がカミサマであってもそのしもべになんかなれない連中だからな。

受け身とは「Yesがない」ということだ。

たとえばペットボトルのフタを開けるとき、ペットボトルのフタは人の手に対して完全に受け身だが、ペットボトルのフタに「オープン、OK?」「Yes!」なんて応答はしないだろう、あるいは自分の右足左足に、「ウォーク、レフトファースト、OK?」「Yes!」なんてやりとりをしていたら、われわれはまともに歩けないだろう/われわれのまともな世界に、もともと「Yes」などというノタノタした応答は存在していない、許可制のものは何一つ世界じゃない
自分の世界的に「Yes,OK」とか、自分の意志的に「Yes,OK」とかいうのは、受け身でも何でもない、ただの消費審判酷評マンだよ、もちろん自己の権利は安全に保たれるが、たぶん何の世界もない中を生きることになる/少なくとも「受け身」という言い方だけはやめたほうがいいと、おせっかいながら申し上げておきたい、それを「受け身」と言い張ると、今度は別次元の不穏が起こってきてしまうから。

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