☆いい女☆で行こう!

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世界に名乗りを上げること

の世界には、どうも、一般に思われているのとは違う仕組みがある。
戦って生きるために、「世界に名乗りを上げること」をおすすめしたい/中空に手を挙げて「私は○○です」と名乗るのだ、このとき「私は」とつけるのを忘れないように。
誰に向けるというのではなく、世界に向けて名乗りを上げる、「○○」というのは実名でもいいし、何か活動で名乗っている名前でもいい/ただこれは、呼称としての名前ではなく「存在」としての名前だということを、なんとなく知っておくこと。
こんなアヤシイ儀式みたいなこと、やれと強要するものじゃないし、まあまったくやらなくていいが……ただこのことに、「何もない」とは経験的にいえない/そしてこのことを経ずに、われわれはたぶん「戦う」ということがそもそもできないのだ、戦う前に自分の存在が約束されていないから(まあ詳しい仕組みなんか知らんでよろしい)。

世界に名乗りを上げると、ではその○○という存在には、「何が期待されるか」という運びになる。
そこで、なんというか、これは漠然とでいいのだが、「これこれの業(カルマ)を超えます」ということを宣言し、それを期待される身になればいい。
これで初めて、己が「戦う」ということが始まるのだ、この「世界に名乗りを上げること」を経てからの「私」は、ちゃんと「存在」になるのだが、この「世界に名乗りを上げること」を経ずに「私」と言い出すと、なぜか独りよがりの吾我にしかならない。
何もむつかしいことではなく、ソニーならソニー、パナソニックならパナソニックで、世界に名乗りを上げているわな、というだけの話だ、それに倣って世界に名乗りを上げましょうというだけ、ただし「私は」をつけて名乗りを上げるということを忘れないように、これは自己PRではないのだから。

世界に名乗りを上げないかぎり、この世界に「私」は未だ存在していない。

もちろん、そんなことをしなくても生きていけるのだ、この世界は「私」がなくても生きていけるから/生業だけこなしていればわれわれの身は生きていくことができる、単に生きるだけなら粛々と生業だけをしているほうが有利かもしれない。
第一に、「私は」○○です、と世界に名乗りを上げること、次に、その○○には何が期待されるか、ということ、何かの業(カルマ)を超えることが期待されるのだが、これはいくらでも変化していいし、さしあたりは漠然としていてもいい、ただ世界に名乗りを上げないままでは、何をどう頑張ってもそれは戦いにはならない。

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