☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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僕を護れ2

れまでにあった、大きな謎の総体が解けた。
僕はこれまで、いろんな人に出会い、いろんな人が慕ってくれて、またいろんな人に嫌われて攻撃もされ……とにかく無数のことが、なんやかんやあったのだけれど、結果的に「破綻」に行き着く形と、結果的に「構築」に行き着く形に二分されるのだった、この分岐がなぜ特徴的に生じるのか、長いあいだ疑問だった(僕の側は何も変わらんのだが、先方の行き先が二分されるのだ)。
特に「破綻」の側でいうと、本当にひどい破綻に行き着く人が少なくなく、「あんなにうつくしかった人がこんなに醜くなってしまうのか」とか、「こんなに生活を破壊されてしまうのか」とか、あまりにも具体的なマイナスが現れてくるので、「なんなんだこれは」と注目していたのだ、その結果、研究していくと、それはどうやら身分とカルマに関係があって生じているということがわかってくるのだが……
一方で、何の縁もゆかりもないのに、初対面からブッちぎりで僕にやさしくしてくれる人や、問答無用で僕に尽くしてくれる不思議な女性もこれまで数多くいた、これらの女性に僕は「なんてやさしい女の子なんだ」と感激ばかりしており、その後何もかもが「構築」に向かっていくのも、「祝福されている女だから当然」と思っていたのだが、僕がそのように言うとたいてい当の女性は首を横に振るのだった、そして「違うの、あなたのおかげなの」と言う/このような中で、本当には何が起こっていたのか、かれこれ二十年越しにようやくわかったと申し上げたい。

どういう感覚でかはわからないが、初めから問答無用で僕にやさしくしてくれる女性は、初めから僕を「護って」くれていたのだ。
何もわかりっこない僕たちのあいだで、ただひとつの直観に従い、何かしらで僕のことを瞬間的に認めてくれて、「この人のことを護らなきゃだめ」と感じ、そのことに従ってくれた/きっと感覚的に、「この人を保存しなきゃだめ」「保護しなきゃだめ」「失わせてはならない」と感じていたのだと思う、つまり僕の要請でやさしくしてくれたのではなく、彼女自身の要請でやさしくしてくれていた。
一方で、やがて破綻や、それの予兆となる怨嗟やアンチの感情が生じるパターンは、第一に僕に対する敬慕の感情はあったにせよ、自分の吸収が第一であって、「この人を護る」というような感覚はまるでなかったというときに生じてくる/そしてこのパターンの当事者は、必ず「わざと」身分の低い人に肩入れしてそちらを護ろうとするほうへ傾倒していく、つまり「護らなきゃ」が方向反転して生じるのだ、しかるに<<どちらを「護るべき」と感じるかで初めから二分されている>>と言える。
僕と関わりあるすべての人について、僕のことを「護ろう」とする決意度の高い人ほど、差し向かいでも「キツくない」と感じ、僕のことを「護ろう」とする感覚がない人ほど、差し向かいだと「キツい」「何かがキツい」と感じる、という現象がある、これはおそらく視認外でカルマの増減が起こっているのだ/こんなめちゃくちゃな話が、しかしありのまま生じる事実だということを、正直にレポートするしかない。

「あ、わたしがこの人を護るんだ」と切り替われば、たぶんすべてがメチャクチャうまくいく。

こっちが真実なのだ、これまでの全データを振り返って、そうだと断言するしかない/「わたしがこの人を護るなんて、実力的にまったくできる気がしないw」という感覚になるのもわかるが、そうじゃない、それでも「わたしが護るの、幾分かでも」と決意したとき、女性はきっと生まれて初めて、自分が燃えて生きるということが掴めると思う、それが掴めるのは、究極それが「正しい」からだ、自分が何をしたらいいか、メキメキわかってきて、猛烈なエネルギーが湧いてくる。
僕自身の確証をもって話したいので、僕自身の話をしているが、もちろん僕のことでなくてもいい、<<マジメな人がふざけた人を護る>>のだ、あなたが「この人のふざけっぷりには勝てない」と感じることがあったら、あなたがその人を護るしかない、もちろんその逆を採るのも個人の自由だが、統計上はそれが「破綻」に至らなかったケースは存在しないと、個人的な経験の総括から申し上げるしかない。

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