☆いい女☆で行こう!

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他人とは違う知識
らかに、他人とは違う知識を持っている。
よくよく考えたら、今僕が視えているものが、他の誰かにもまったく同じていどに視えたとして、正直なところほとんどの人が耐えられるとは思えない。
視えておそろしいものは何もないのだが、おそろしいのは、人が負けてしまったときだ。
僕が話しているときは、何もおそろしいことはなくて、おそろしいのは、僕ではない誰かが話し出したときだ、たとえば今は僕が書き話しているのだが、このとき、あなたの内側から、あなた自身が別のことを話し出したら、それは気配がおそろしいだろう?

明らかに、他人とは違う知識を持っている。
僕はこの知識をもって、僕の友人を、おそろしいことのない方向へ、そっと押し出していきたいのだ、僕はおそろしいことなんて本当にきらいだから。
おそろしいことといって、たとえば代表的には「死」などがおそろしいのかもしれないが、それの何がおそろしいのかと訊かれたら、最終的に理由は不明だ、だからそれはおそろしいことにもなりえるし、おそろしくないことにもなりえる/「おそろしいもの」を創り出してしまうのは、実は自分自身なのだ、人は負けないかぎりおそろしいものを創り出しはしないのだが、負けないためにはどうしても一般のものとは違う知識がいる。
われわれは、ただ生きて、ただ死んでいくだけなのだが、そのこと自体が光と慈愛に満ちている、あることに負けた者のみが、すべてのことを「おそろしいもの」にしていくのだ/「おそろしいもの」さえなければ、われわれは誰もいがみあわずに済むし、誰のことも巻き添えにしなくて済むのに。

「おそろしいもの」のせいで、われわれは他人を巻き添えにしたがり、同時に「おそろしいもの」のせいで、われわれは孤独に陥っていく。

まったく意地悪な仕組みで、われわれは「おそろしいもの」に耐えきれないから、孤独に耐えられない心地になっていくのだが、逆に「おそろしいもの」が巻き添えを生んでしまうからこそ、人は遠ざからざるをえず、やがて孤独に陥っていく/そして直前まで孤独を罵りながら、最期になって思い至るのは、「ああ、巻き添えにしなくてよかった」という逆側の安堵なのだ、なんという意地悪な仕組みだろう。
明らかに、他人とは違う知識を持っている、その知識は身が静まったとき「常に無尽に得られてくる」という絶え間ない流入として得られてくる、なぜならこの世界そのものに、その「知識」がひしめいているからだ、この知識とは情報や思念や感情のことではなくて、情報や思念や感情を必要としない知識そのものだ、この世界がこれであるという知識だ、幸福とは情報や思念や感情ではなく知識の教えるところなのだ。
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