☆いい女☆で行こう!

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他人とは違う知識2

人とは違う知識を持っている。
どの人も、個性などなくても「存在」はしており、その人それぞれの「存在」は、どれもかけがえなく佳い心地がする。
それが不快な心地の像になってしまうのは、何かに負けてしまったからだ、それ以来「おそろしいもの」に負けたまま生きているので、その人らしい真の微笑みが失われてしまった。
われわれは、何にも負けることなしに、「おそろしいもの」に負けることさえなければ、誰のことも巻き添えにしない、心地佳き者だけであれた、このことから一ミリでもずれるたび、顔と声はこわばって、すべてが頭痛の種になる、一ミリでもずれるとそうなる。

少しでもこの世界を見ようとする者がもしあって、少しでも奥行きが視えるようになれば、われわれのふだん思っている世界とは異なる、内奥の百鬼夜行が視えるかもしれない。
何しろ、戦争や内乱で人は人を殺すし、民族浄化もする、アメリカでは年間百万人の子供が誘拐されていて、日本では無数のAV女優と売春婦がおり、またその売春婦を買うだけの男たちがいる。
われわれは、深い業から生じる欲を、法律と世間体で抑圧しているにすぎず、抑圧しているだけで、その水面下はすさまじい欲のかたまりなのだ、それはまったく「すさまじい」というしかなく、それに比べると表面上の「こんにちは」などまるで茶番でしかない。
だがよもや、その奥底めいた「どいつもこいつも」が視えたぐらいで、看破や知識を得たと思わないでくれ、それは<<われわれがどれだけ失敗しているか>>が視えたにすぎない、われわれの元の本質が視えたわけじゃない、「どいつもこいつも」本来はかけがえなく佳い心地がするということが見えるまで、何かまともな看破をしたとか知識を得たとか思わないでくれ。

われわれのうちに、本質的に罵るべき人は一人もいない。

ただ、人それぞれ、われわれの失敗ぶりがひどいということなのだ、あることに負けて「おそろしいもの」を創り出してしまい、その後はテンヤワンヤになるという愚策しか持っていないため、この失敗ぶりが止まらないということなのだ。
「おそろしいもの」を創り出してしまった時点で、人はすでに一段階負けており、そこからは一段階、すでに本質的な「存在」ではなくなってしまっている、この本質的な存在でなくなってしまった者たちを、人々の裏側だとか本質だとか見ているようでは、本質は何も視えていない/本当の知識とは、すべての人が、もし負けることなしに、すべてに「おそろしいもの」を創り出さなかったら、本来どのようであったかが視えるということだ、そのことが視えるまで、何ら必要な知識が得られたとは言えない。

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