☆いい女☆で行こう!

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悪の華5

はエラソーなことを言うのは好きではないのだ。
だが、みんなで戦って生きているので、みんなで勝つほうへ寄与するしかなく、そのためにすべてのことはやむをえない。
目が利いてくるとすぐわかるようになるが、身分というのは、高低以上に「大小」でよくわかるものだ、レベルの違いは何かしらんが視覚的にも「デカい」と感じられることで得られてくる。
慣れてくると、写真でもわかるというか、写真や画像でもそこに注目すれば割とすぐにわかったりするものだ、何かレベルの違う人は「デカい」のだ、存在がデカい上に、存在がくっきりしている、この「デカくっきり」が一目瞭然の場合、もうこれは明らかに身分が違う/というかこのわかりやすい感覚さえなくしていまっている人はいくらなんでもどうかと思うぞ、眼を覚ませ。

目の前で見ただけでウオッと圧倒される感じさえする、「デカくっきり」の人がいたとして、そのデカくっきりの人が、あなたの飲みかけのペットボトルをひょいと奪ったとする、そしてそのままグビグビと飲み干してしまう。
そのときに、「悪」の感触なんてするものか? 何か知らないがデカくっきりの人だ、そんなもの「どうぞどうぞ」という感じになるものだ/この感覚がない人、あるいは抵抗しようとする人が、頭でっかちに「でも……」と抗し始めると、たいへん時間が無駄になるし、不穏なストレスが発生するので大マイナスだ(本人が憂鬱側へ引っ張られていってしまう)。
だから、どうかそれぐらいは、気概というか、男気をもってくれ、明らかに自分より「デカくっきり」に見えているということは、もうその時点で<<勝負はついている>>のだ、そこからバトルを仕掛けることほど冒涜的で疲れることはない/あなたが他人のペットボトルも奪えないということは、それだけ身が小さく「悪」に満ちているということだ。
ある種の言い方が好きで、しっくりくるという人もいるので、そういう人向けの言い方もするが、われわれの肉身には「霊」が宿るものなのだ/この霊的なモンは、身のサイズそのものを超えて宿るところがあるし、物体以上に「目に映る」というところがあるのだ、だから極端に身が進んだ人は極端な「デカくっきり」に見える、こんなもんに立場も平等も通用するわけがあるかよ、これに刃向かうと本当にナゾの憂鬱側へ引っ張っていかれるからロクなことにならない。

「小さい」と見える人は、「悪いこと」をされるのが救済になる。

もちろん、このご時世に、問題アリアリな主張だということはわかっている、けれども聞こえのいいウソをのたまい続けて全員で負けていくわけにはいかないだろ、少なくとも僕はそっち側はノーサンキューだ/「小さい」と見える人は、身に「悪」がテンコモリで、霊体が全身に行き渡っていないから「小さい」と見える、こうなると顔と声をキツくすることでしか戦えなくなるが、まあそんなもの戦う前に勝負はついているので、こういう人はいいかげん「戦う」ということと「揉める」ということを区別しないといけない、人は揉めたって弱っていくだけでしかないのだ。
やれメールだったり、電話口だったりなら、相手の身が見えないから強気になれたりするが、実際に身を目の当たりにしたら通用しないから、イチビるのはやめるべきだ、きょうびの実態だと「他人のペットボトルを断りなく奪う」というレベルの「悪いこと」でさえ相当なハイレベルに該当するぞ/それまではおとなしく奪われる側になっていろ。

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