☆いい女☆で行こう!

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いのちを寄せ合って
つかしい話をしようかな。
僕はもともと畑正憲さんの動物学……というよりいのちの学門を敬う者だからな。
愛というのは、こころの現象でもあるが、それ以前のこととして、いのちの現象でもある。
いのちを寄せ合うというのが愛だ、これはちょっと動物的な側面もあるが、われわれは動物でもあるので問題ない。

「いのち」ということになると、人間はまるで主役ではない、この地球のすべてのいのちを寄せ合うべきだ、でも基本的には哺乳類だな!
今日もわれわれの知らない原野や海や氷の上で、キリンが駆け回り、ホッキョクグマが旅をし、数千頭のイルカが並んでジャンプをしているのだ、夕暮れを東西にナマケモノがぶらさがり名前を必要としない鳥が空を飛んでいるのだ、それが見えるとき「うおおおおおおーっ」という叫びが起こらないか。
いのちを寄せ合うとき、いっそのこと、こころさえ邪魔だということまでありうる、いのちはいのちだからな……僕がこれまで生きてきた時間の中で、共に生きている動物がいなかった時間はほとんどない(幸運な生き方だ!)。
ペリカンが大きな魚をくちばしの袋に収めるときの、誇らしいいのちの眼差しを見なよ、この地球の全体でいのちが「うおおおおおおーっ」と叫びあっている、その叫びを寄せ合うと愛になる、こころとは少し異なるいのちの誇りに満ちた愛が生まれる。

われわれが生きているのではない、「いのち」が生きているのだ。

われわれは、社会生活のしすぎで、自分とその周辺の生命活動を、「いのち」だと誤解しがちだ、「いのち」については人間はまるで主役じゃない、黎明のサバンナにゾウの群が歩いている、そのいのちに比べればわれわれのいのちはややこしくなってあいまいだ。
われわれが生きるということは、死ぬことと対照だけど、いのちはそうじゃない、いのちは死とは関係なしに存在している、われわれのこころでは取り消しようのない雄々しいいのちの叫びがある。
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