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【ガチ】胴体に「慈愛」の機能がない【日本人】

つてのオウム真理教や連合赤軍に向けてでさえ、その頓挫に対しては、「事は成らなかったか」という悲しみが湧く。
どれだけ間違ったところがあったにせよ、何かを成し遂げようと集まってがんばった人たちがいたわけだから、その為せなかった無念自体には、やりきれない胸の痛みがあるものだ。
この、「胸が痛む」という機能を失った現代の日本人に、あなたは追随してはならない。
「被害者のことを思うと胸が痛みます」という現代人の口ぶりは、本当にウソだからだまされてはいけない、「胸が痛む」という機能があったら、制裁を受けた側に対しても胸が痛むはずだからだ、作り物の「沈痛ふうの表情」なんかにまさかだまされてはいけない。

現代の日本人は、倫理や正義において厳しいのではまったくなく、単に<<「胸が痛む」という機能がない>>のだ、何に向けても「こころ」なんてはたらいていないと、これはもう断言してしまっていい。
いつぞやのベッキーさんに対する騒動についてもそうだったし、今の山口達也さんに対する騒動についてもそうで、何が起こっているかというと、これまで華やかであった人に「制裁」が加えられるのを見て、本当に<<興奮しているだけ>>だ、はたらいているのは正義でも何でもなく、根深く抱えているこの世への「怨恨」だ、これは各宗教で「蛇」と呼ばれている人間の闇で、日本人の水面下のムードはすでに<<蛇の興奮>>という一色で塗り尽くされていると見ていい。
どういうことかというと、たとえばあなたが、整備が不十分な自分の車に乗っていたところ、タイヤがパンクして走路を逸脱し、電柱に激突したとする、そしてあなたがあばら骨を何本か折ったとしても、それについて「胸を痛める」という人がいないのだ、日本人はそこで「そりゃ整備不良でしょwww」「自己責任www」「自業自得www」と笑う民族になったのだ、「胸を痛める」とか「慈しむ」という機能がなくて、ただ体内の「蛇」がウズウズするという、ド真っ黒のこころしか持ち合わせていない。
もしそのことを検査して数値化できる機械があれば、絶望的なデータが検出されるだろう、本当に「胸が痛む」という機能がないのだ/そういう人はもう何十年間も、友人や家族や恋人でさえ、自分が転倒したときに胸を痛めてはくれない、という世界を生きてきたのだ、そこに決定的な絶望と怨恨がある、だから他人が転倒したときに、慈悲の真逆にある蛇がおおよろこびすることを抑えられないのだ、これが現代の日本人の真相だ。

仮に僕が車に撥ねられたとしても、彼はこころの底がニヤニヤする。

たとえば何かの気まぐれで、僕のこのブログを数年来読んでいる人でさえ、そうしたことがありうるのだ、慈愛という機能がないというのはそういうことなのだ、何年もその人の声を聞いているのに不幸があると「ニヤニヤ」なのだ/断言しておくが、まともな人間というのは、何であれ人のマイナスが報じられると「ええっ!?」と、胸に<<悲痛>>という感情を覚えるものだ、この悲痛という感情を、向けたことがない・向けられたことがない人を、残念ながらまともな人と扱ってはならない。
そんなことがあってはならないと信じ、正直なところ救われたいという人は、僕のところに来い、どうせまた19日にはまたパーティもやるのだ、僕のところにきて僕の前でたちまち泣き出したという人は、特に女性など、冗談じゃなく全体の八割を超えている/胸が慈愛と悲痛を覚えると、それはそれで抱えていくのが大変だが、それでも表面だけ取り繕った水面下にド真っ黒がたゆたう未来に生きていくよりはずっとマシだろうよ。

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